第6話 能を得た者


 弥撒が荷菜から離れると、すぐに多紀が近づいた。

 「荷菜、大丈夫か。」荷菜はゆっくり目を開き頷いた。

 「うん、大丈夫。弥撒様のおかげで無事で済んだようだわ。」

 「多紀、案ずるな。私が荷菜を救うのを待てと言ったのには理由がある。

 荷菜には蛇女の毒だけではなく雨降りの舞の力まで取り映っていた。おそらくここまで至近距離かつ長時間にわたって蛇女といた人間はいなかったのだろう。加えて、初めて荷菜に会ったとき、荷菜には雨降りの巫女の才があるとわかったからな。蛇女がいなくなれば雨を降らすことができなくなり、村も困窮するだろう。

 そこで荷菜に蛇女の役割を引き継いでもらうことにした。というわけでご覧の姿だ。」

 「しかし、弥撒。そのように蛇女の舞の力を得たということは荷菜の体は無事なのか。毒を取り込んでいるのだろう?見たところさっき苦しんでいたときの姿に近いように見える。」

 「心配ない。力を定着させるためにわしが祈りを施し、少々荷菜の螺旋の組み換えをしておいた。荷菜は、見た目はこうだが、人間とほとんど変わらん。寿命が少し伸びたこと、雨降りの巫女としての役割が増えただけだ。」

 皆の話声で、明菜が気が付いたようだ。寄りかかっていた岩に手をつき、ゆっくり起き上がった。娘に起こったことが理解できていない様子だが、そんな母に荷菜が近づいた。

「お母さん、ごめんね。苦しかったよね。」

「ううん、大丈夫。荷菜その姿は…?」

 荷菜は心配そうな母の肩に手を置き、こういった。「お母さん、見ていて。」


 すると荷菜は蛇の祠の前に立ち天に手を掲げ歌い始めた。激しく舞い始め、荷菜が体を回すごとに風が駆け抜け、雲が天に立ち込めた。

「これはすごい。皆よく見ておけ。」弥撒が感心したように呟いている。

 遠くで雷が響き、明楽、多紀、明菜、皆がその状況に驚いていた。この村では蛇贄祭の時以外にここまでの天候の動きはなかった。毎月降る雨は小雨で、あっという間に大雨が降り注いだ。

 荷菜が最後に一礼すると、大きな雷鳴が轟き雨の勢いが強くなった。しかし雨の勢いとは裏腹に暗い雲は晴れ、雲がないのに雨が降り注いだ。

 「すごい、こんなに綺麗な虹は初めてだ。」

 「聞いたことがあります。村に昔いた雨巫女は雲がなくとも祈りと舞をすれば雨を降らすことができたと。荷菜、あなたには雨巫女の才があったのね。」

 荷菜がにっこりとほほ笑んだ。

 「そうみたい、これで村の誰も喰われることなく雨にも困らないわ。私が蛇女の役割を引き継いだの。」明菜は安心したのか両手で顔を覆い、泣き始めた。

 「なんと誇らしい。俺たちの大事な娘が村を救う英雄となった。」

 多紀も涙をこらえきれない様子だ。そのまま多紀は明菜を抱きかかえ、明楽は弥撒を抱きかかえた。

 「さあ、新たな英雄を村の皆に紹介しよう。」


 村に帰ると、雨が降ったことに驚いた村の住人が何事かと皆の帰りを待っていた。倒れていた村長も村の皆とともに出迎えていた。もうすっかり蛇気は消えたようだ。

 「弥撒様、と言われましたな。此度はわれらをお救い下さいまして誠にありがとうございます。村長でありながら蛇女の術にはまり、長年に渡り村の皆を危険な目に遭わせてしまっていたこと悔いております。今後は私の一族ではなく村の皆で考え村長を立てたいと考えております。」村長が深く一礼し、周囲にいた民も皆弥撒に深い礼をした。

 「ああ、そうするとよい。今夜村の皆を集めることができるか。わしの口から何が起きたか伝えよう。もちろん誤解のないようにな。

 そしてこちらの荷菜が蛇女の雨降りの才を受け継いだ新たな雨巫女だ。蛇女は討ったが、荷菜が蛇女より役割を受け継いだためにさきほど雨が降った。今後村は干ばつに困ることなく雨を降らせられるだろう。」

 「なんと‥‥・。村の窮地をお救い頂なんとお礼を申して良いか…。何か我々にできることはありませんか。なんなりとお申し付けください。」

 弥撒は少し考えにやりと笑った。「一つあるぞ。」

 「なんなりと。」

 「ここにおる明楽と多紀をわしの家臣とした。今後わしの願いがあればわしのために動くことになるだろう。良いか。」

 「ええ、村の者たちは長年の不安から解放され今後は皆で村を豊かにできたら、と考えております。明楽や多紀は村にとって心強い存在ですが彼らばかりに頼るわけにはいきません。」

 「よい心掛けだな。ではそのようにする。」

 「今夜は私の家で村の皆とともに祝いの会を開こうと思っています。ぜひ弥撒様もおいでください。今回のお礼、こんなことでは返しきれませんが村の皆の気持もあります。」

 「そうだな、皆に話しをしよう。」

 村長や村人は嬉しそうに沸き立ち、その歓迎の様子に弥撒も嬉しそうだった。

 夜になり休息をとった弥撒と明楽は村長の家に向っていた。

 「弥撒、皆に話したい事とはなんだ。」

 さきほどの村長と弥撒の話を聞いていなかった明楽は弥撒にこう問いかけた。

 「ああ、村長のみに起きたこと、この一五〇年村に起こっていたことを誤解無きように皆に伝えねばならぬ。明楽にも話したが今後この地に大きな災いが起こる。その災いは皆で力を合わせんと乗り越えることは難しいだろう。村は村だけで強くなれば良いわけではない。大きな勢力には大きな勢力を容易する必要がある。それだけだ。」

 「この村で軍でも作ろうというのか。」

 「軍…ははっ。いや違う。ともに戦うものはわしが集める。例えばお前や多紀だな。」

 「そんなのんびり集めていてよいのか。」

 「かまわん。時間はあるし、それに人数が多ければよいというわけでもないからな。大きな勢力とは洗練された力を持つものということだ。」

 弥撒は明菜からもらった着物を着ていた。今まで身についていたものは明楽の村にはない召し物で、今着ているものだとさすがに年相応に見えた。弥撒については出生や年齢について何もかも不明なままだ。恐らく聞いても軽くいなされ本当のことは教えてもらえぬだろう。弥撒の巫女としての力は十分思い知った。明楽も弥撒に仕えるほかないのだろう。

 長年の悲願だった蛇女の討伐に大いに力を貸してくれた弥撒に恩を返さねばならない。しかし今明楽が弥撒のことを信じるに足る要素は、その弥撒の巫女の力以外にはない。

 何年も巫女が不在だった明楽の村にとって新たな雨巫女の誕生は大いなる喜びをもたらした。そしてその誕生の立役者である弥撒への恩も村の皆は感じていた。

 村長の家では最近では見ないほどのご馳走が並んでおり、村人たちもにぎやかだ。

 「ほほう、みたことない食い物ばかりだ。」弥撒は物珍しそうに机に並ぶ料理を見ていた。「いらっしゃいましたか。」村長が弥撒たちに歩み寄った。

 「料理は村でも腕が立つ料理人たちが用意しました。皆さんなんでもお好きなものを召し上がってください。」

 「それは楽しみだ。しかし村長、食事はいいが村の皆に重要な話がある。」

 「わかりました。堂に皆を集めましょう。」

 堂とは村の皆が集会をするために用意された広い部屋のことで、弥撒はその部屋の一番上座に着いた。じきに村の衆が集まってきた。皆が席に着くと、弥撒が立ち上がり話始めた。

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