10話 魔法属性

「無事、終わったのかい?」


 俺とアイリーンは、玉座の間に戻った。

 戻った俺たちに一番に言葉をかけたのは、王様。


「ええ、恙なく」


「……そうか」


 何事もなく終わったということで、王様は安堵の息をもらしているが、マリウスは、淡白な返事だ。


「いやーよかったよかった。これで失敗していたら、ただでさえ遅れている教育が、さらに遅れて、取り返しがつかなくなっちゃうからね」


「遅れている?」


 俺は疑問の声を上げる。

 俺は教育を受けていなかったのだろうか。

 記憶が無いから当然なのかもしれないが。


「お前は……本来八歳から始まるはずだった、魔法訓練を行えていない。加えて、全盲用の訓練を施していたせいでその他礼儀作法が欠如している」


 俺の疑問に答えたのはマリウス。

 初めて、長くしゃべったのを見た俺は、驚く。そんなに喋れたのか。


 そしてその内容に、合点がいった。

 俺が転生するというトラブルもあり、それ以前に元から視力を失っている、という常人とは違う性質を持っているため、その分教育が施される時間が無かったのだ。


「うんうん、侯爵というビッグネームの令嬢が、学院に入って満足な教育を受けれていないと分かれば、いろいろと、やばいからねぇ」


「学院?」


 これまたゲームではなかったものだ。


「では、そろそろ鑑定の結果が出た頃なので、取りに行ってきますね」


 俺が疑問の言葉を口にしていると、アイリーンはそう言って、魔道具がある部屋に向かっていった。


「はは、ごめんね、彼女、マイペースなきらいがあるからさ」


 だから筆頭魔導士に上り詰めることができたんだけどね、と王様は言う。


「それで、学院だったね。学院は十四歳から、十八歳までの四年間で、様々なことを学ぶ場所さ。外交、内政、魔法、剣術……ほかにもいろいろあるけど、いろいろなことを学ぶんだ」


「貴族ならば別に学院に行かずともよいのでは?」


 貴族であれば今あげたすべてのことが、家で学べる。

 王様はこくりと頷く。


「うん、貴族であれば、そうだね。でも、平民はどうだろう。学院には貴族と平民の両方が在籍している。平民は学院という場でないと、自由に学ぶことができないんだ」


「では、貴族はどうするのです?」


 貴族が学ぶ必要ないのなら、学院の意義とは。


「派閥を作る。または、どの人物につくか、だね、主には。どんな有能な人物につけば、どんな利益を家にもたらしてくれるのだろうか、そういったことを実際に目で見て、判断するのだよ」


 へー。


「へー」


「あまりわかっていないようだね。まぁまだ四年間もあるんだ。気長に、知っていけばいいさ」


 王様は少しばかり、呆れた雰囲気だ。

 ふと、王様はマリウスの方を見る。


「マリウス、自分の子女に行き届いた教育を施すのは、当主である、君の仕事でもあるのだからね」


「…………」


 マリウスは黙ったままだ。

 王様は何も答えないマリウスを見て、はぁ、とため息を出す。

 なんだか気苦労の絶えない人みたいだ。


 そうしていると、扉がまた開く。

 アイリーンだ。


「鑑定の結果をこちらに持ってきました」


「アイリーン……見てないよね」


「……ええ」


 アイリーンは王様からの質問に目をそらす。

 その様子は見ましたと言っているようなものだが。


「一番最初に貴族子女の鑑定結果を見るのは、王であると決まっているのに……はぁ」


「ごめんなさい」


 言葉だけで、悪びれもしないアイリーンだったが、まぁ、いいか、と王様はアイリーンが持ってきた、鑑定の結果を書いた紙をアイリーンから受け取る。


「これは……!」


 王様は驚いた声を上げる。

 隣にいるマリウスも、言葉は発していないが、驚いたように息をのんでいる。


「土属性……!」


 たしか四属性の中の一つだ。

 でもなにに驚いているのだろうか。


「あの、土属性って駄目な属性なのですか?」


「ああ、いや、ええと」


 王様は答えづらそうに、言葉をの濁す。


「我が侯爵家に連なるものは、が属性として出現する」


 マリウスは淡々という。

 そしてアイリーンが、補足する。


「魔法属性は基本的に遺伝します。特に、親となった者が優秀であればあるほどに強く遺伝するのです」


 アイリーンはマリウスのことを指差す。


「彼はこの国有数の水魔法使いです。そしてあなたの母も同様に」


「でも私の属性は土属性、と」


 アイリーンはこくり、と頷く。


「魔法属性は魂に依りますが、身体から魂が育まれていきます。結果的に遺伝すると考えられているのですが……」


 アイリーンは言葉を切る。


「突然変異。記憶喪失の影響でしょうか」


 アイリーンは職業柄なのか、生来の資質なのか、そういって自分一人で考え込んでしまう。

 王様は、その様子を呆れたように見ながら、俺を見る。


「リア=ハウンゼンが記憶喪失という情報は、統制されていて他家がそれを知る余地はないんだ。だから、ほかの家からは君は、こう見える―――」


「———ハウンゼン侯爵には、隠し子がいる。もしくはリア嬢は養子である、と」


 マリウスが重苦しい様子で口を開く。


「……侯爵家を謗る、要因となりうる訳だ」


「ッ!!」


 そうなるのか。

 いや、実際、転生とか、記憶喪失とか事情を知らない人間の眼には、別人にうつるだろう。

 実子として世間に広まっていたリア=ハウンゼンは、実は養子でしたなんてスキャンダルがあれば、当然侯爵家は攻撃される。


「ど、どうすれば……」


 俺は狼狽える。

 軽い気持ちでいたらなんだか大ごとになりそうな予感がする。


「……手は打つ」


「どうやってだい?」


「これから考える」


 マリウスの答えに、王様は、今日何度目かわからぬ溜息をこぼす。


「いろいろ変わっても、君は考えなしだね」


 王様はマリウスに呆れた声で語る。


「俺は変わらない」


「いや、変わったさ」


 王様はそう言って、深く息を吐いて、吸う。


「さて、はこれから公務があるのでね。仕事に戻らせてもらうよ。リア=ハウンゼン、汝の未来が、どうか陽光の如く照らされますように」


 一人称を変えた王様は、一段と、あたたかな声で祝福する。

 俺はその言葉に、不思議と高揚を覚える。


「アイリーン筆頭魔法使い、リア嬢を馬車まで」


 ずっと思考の海に沈んでいたアイリーンは、一礼して、その言葉を拝命する。

 アイリーンは一礼して、俺の手を取り、出口に誘導していく。


「マリウス侯爵、少し、話をしよう。何、時間はさほど取らせないのでな」


「……はっ」


 その言葉を後ろで聞きながら、こうして、俺の王城行は終わったのだった。


 ――――――――――――

 ―――――――――

 ―――――――




「……マリウス、また見ぬ間に、やつれたね」


「……ああ」


 アイリーンとリアが去ったあと、玉座の間には王とマリウスの二人が話していた。

 ちょっとしたトラブルはあったものの、先程までの軽快な空気はここに無く、あるのは重くるしい、のしかかるような空気だった。


 マリウスは王に言われて、自分の手を見る。

 細い。

 まるで老人の手だ、とマリウスは自嘲する。


 事実、マリウスの年齢は二十後半であり、そこからは考えられないような細さである。

 街行く人がみたら、ぎょっとして二度見三度見してしまうだろう。


 顔面も、落ち窪んで、まさに病人、死人の形相だ。


 以前、リアが住む別邸に赴いた際、クラリッサに、痛ましい顔で見られたことを覚えている。

 リアの目の前で容姿について言われるのを恐れ、クラリッサを別室に移動させたので、無駄な心配をリアに見せなくて済んだ。


 不幸中の幸いというべきか、リアの眼が見えないことで、彼女は自分の状態を知らないし、知ることもないだろう。


「……カドレア銀鉱山での採掘中、崩落があった。幸い死者は出なかったが、崩落に巻き込まれ、落ちた者がいた。その者によると、落ちた先に、壁画を見つけたという」


「……!!」


 王は続ける。


「蔵書室内にカドレア銀鉱山の近辺に、そのようなものがあるという記述は探しても見つかりはしなかった」


「すぐに調査を開始する。いいな?」


「……ああ」


 颯爽と、マリウスは身をひるがえし、出口に向かう。

 王はその姿を、見送るだけであった。




「———ああ、くそ、くそったれ」


 間違いなく、止めるべきだ。

 マリウスは、会うたびにやつれ、弱っていく。

 その背中を引き留めるどころか、押してしまう。


 王は、かけがえのない友人を止めることもできず、危地に送り続けるだろう。

 マリウスが死ぬまで、永遠に。


 ―――予言から逃れる術など、無いのだから。


 それをわかっていながら王は彼の背中を押してしまう。


 自分の無力さに打ちひしがれ、自身を呪うのだ。


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