9話 屈辱、ああ屈辱

「服を脱いでください、リア嬢」


俺はアイリーンに連れられて、鑑定の魔道具のある部屋に来ていた。

そこで開口一番、この言葉が告げられた。


「え」


なんで!?


俺は茫然とする。

いきなりのことに頭が付いてこない。


「な、なんでですか!?」


アイリーンはあれ?と疑問符を浮かべる。


「君の父から、話は聞いていなかったかい?」


アイリーンは心底不思議といった声色だ。

なんでそっちがその反応しているんですかね。


「何の話ですか」


「……あいつ、やっぱり言ってなかったか。ちゃんと伝えておけと言っただろうに」


俺に何の心当たりもないと気づくと、アイリーンは、おそらくマリウスに文句を言う。

あいつ……その言葉遣いから察するに、アイリーンとマリウスは、近しい関係なのかもしれない。


アイリーンは、俺がいることにはっとして、言葉を正す。


「失礼、どうやら不備があったようで」


アイリーンは、何もわからない俺に、説明を始める。


「まず鑑定の魔道具とは、人間の裡にある才能———魔法属性を見つけ、確定させるためのものです。本来、魂に付随している魔力のを、身体に楔として繋ぎ止める、それがこの魔道具の力です。便宜上、鑑定の名をつけられていますが、本質的には鑑定ではありません」


「でも、それが服を脱ぐことと何の関係が」


「そこです!先程、魔力の偏りを楔として打ち込む、と言いましたが、その際に衣服があるとそれが邪魔をする可能性があるのです」


アイリーンはなにか興奮したような口調で捲し立てる。


「故に!万が一のことに備えて!服を脱いだ方が!確実なのです!」


それに、とアイリーンは付け足す。


「リア嬢の体のことを考えればなおさら、ね」


俺の体……?

ああ、魔力の定着率がぶれたっていう、あのことか。


「だからリア嬢、服を脱いでください」


「いやです」


初対面の人に裸を見られるなんて、さすがに恥ずかしさが勝つ。

俺は確実性よりも、プライドを優先したい。

それに何か雰囲気が変だし。


「……そういうことは言わずにお願いしますよ」


「絶対に嫌です」


「下着は大丈夫ですから、本当にお願いします」


アイリーンは、最初の印象が嘘かのように頭をへこへこ下げる。


「これが失敗したら、できるのはまた二年先ですよ」


「ッツ」


ああ、そうだ忘れていた。

鑑定の魔道具は二年のスパンがあるのだった。


服を着たままで失敗したら、次できるのは二年後……。

俺は葛藤する。


「……わかりました。でも、下着はつけますからね」


最終的に俺は承諾した。

アイリーンはほっと息を吐く。


「安心しました。そう決断してくれて。では、リア嬢、服を、脱いでください」


「ぐっ……は、はい」


俺は初対面の相手に脱衣を見られるという、屈辱を味わった。

その間、視線を外すことなく、アイリーンがずっと見てきたことが、余計に羞恥を覚える要因だった。


――――――――――

―――――――

―――――


「では、こちらに来てください」


服を脱いだ後、俺はアイリーンの手によって、誘導される。


硬く、冷たい金属質の床。

ペタペタと歩いていると、ひときわ盛り上がった部分で足を止める。


「ここから動かないように」


俺は指示通りに、その場に静止する。


アイリーンは何やら魔道具をいじっている。

その様子はさながら機械操作の様だ。


「じゃあ、始めましょう」


甲高い金属音が、俺の周りで鳴り始める。

機械が回転しているようだ。

そしてその音はだんだんと俺に近づいてくる。


「え、これ、大丈夫なんですか!?」


「問題ありません」


アイリーンは依然として魔道具をいじっている。

不安。


俺との距離が一メートル程度になったとき、俺に近づいていた金属音はその場から動かなくなった。

だが、依然として回転が続いており、少し怖い。



「この次、少し、眩しいですよ」


「大丈夫です、見えないので」


「そうでしたね」


アイリーンはまた、魔道具を操作する。


「わっ」


アイリーンが魔道具を操作すると、俺の背中、腹、腕、足といった場所に、何かが貼られる。

それは周りで回転している機械から出ているものだと気づく。


「この次、痺れますが、我慢してください」


そう言ってアイリーンは魔道具にあるボタンを押す。


「ッぐ!?」


突如として体中に奔る痺れ。

力を失いそうになるが、頑張って堪える。


「頑張ってください!」


周りで回転している機械がキュイイ、と甲高く鳴るにつれて、感じる痺れも、強くなっていく。


「ッツ……!……はあっ、はあっ」


幸いにもそれは数十秒ほどで終わる。


「大丈夫ですか?」


アイリーンは心配そうにこちらを気遣う。

俺が問題ない、とサインすると、またアイリーンは魔道具をいじる。


「これで最後になりますので、どうか頑張ってください」


アイリーンはまた、ボタンを押す。


その言葉に俺は痛いのかな、と覚悟する。

針のようなものが胸に打ち込まれたが、先程とは打って変わって、柔らかな気持ちに包まれる。

暖かい。


「……ふむ」


アイリーンはその様子に、少し驚嘆した様子を見せる。


「想定では、多少なりとも痛みは生じると思いましたが、これはこれは」


アイリーンは思案に沈んだ様子だ。


「ええと、アイリーンさん?」


「いや、失礼しました。それでは、鑑定は成功しましたので、服を着てよろしいですよ。鑑定の結果が出るまで、まだ時間がかかりますから、先に玉座の間に行きましょうか」


後ほど取りに行く、と付け足して、アイリーンは俺を服を脱いだ場所へと誘導する。


「ありがとうございます」


「いえ、このくらいは当然です」


そうして俺は、いそいそと着替えを始めた。


アイリーンは、やはり、じっと見つめてきた。

脱衣の際よりも、強い眼差しを感じ、俺はさらなる羞恥を覚えた。




「……そういえば、平民たちはいっせいに鑑定すると聞きましたが、皆服を脱ぐのですよね」


「ああ……あれは服を着たままできますよ」


「え」


「というか貴族も服を着たまま行います」


「え」


「普通はいちいち脱がないですよ」


当り前じゃないですか、と言いたげな口調だ。


「服を脱いだ意味ッ!?」


「改良品ですので」


万全を期した結果だと宣っているアイリーンは、ずっとははは、と笑っていた。




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