8話 王宮レッツゴー

 我、不機嫌なことこの上ない。


「……………」


 現在、俺は馬車で、王宮に向かっている。

 対面には父、マリウスがいる。


 がたがた、と音を鳴らしながら、馬車は走る。

 侯爵がのる馬車というのもあり、揺れも、思っていたより少ない。

 それでも、尻は痛いが。


「……………」


 マリウスはしゃべらない。

 かたくなに口を閉ざして、ただ座っている。


 沈黙に耐えられなかった俺は、もちろん話しかけた。

 最初の頃はな。


 だが、すぐに会話が終わる。

 例えば―――


『あ、あの、いい天気ですね』


『…ああ』


 これで終わりだぞ!?

 何を言っても、ああ、そうだな、とかしか言わないんだぞ。


 会話なんて続きようがないじゃないか。


 馬車で来たマリウスが、俺を中に入れてから、二時間程度が経過している。

 会話を試みていたのは最初の三十分程度、つまり、一時間半の間、沈黙が続いている。


 だが、それもそろそろ終わり。

 クラリッサが、家から王城には、二時間と少し程度で着くと言っていたからだ。


 だから、今はただ、このなんともいえない雰囲気の空間で、我慢していればいいのだ。


「……………」


「……………」


 そうして何分かたったころ、馬車が停止し、扉をノックする音が聞こえた。

 待ち望んでいた瞬間が、ついに来た!


「到着いたしました、ハウンゼン侯爵閣下」


 御者をしていた騎士は馬車の扉を開く。


 マリウスは、馬車から降り、こちらに手を差し出してくる。


「来い」


 俺は、その手をとって降りる―――のではなく、自分で降りた。

 父の手なんか借りずとも、降りられる。

 マリウスから感じる視線を、どや顔で返す。


「……それは?」


 マリウスが指しているのは、俺が手に持っている、筒状の杖。

 前世で言えば、白杖と呼ばれる、目が見えない方がもっている、あれだ。


 いろいろと心配気味だった俺はクラリッサに頼んで補助が可能な道具を頼んでいたのだ。

 そうして持ってきたのが、この杖。

 俺がリアになる前、記憶が無くなる前に使っていたものらしい。


 音がよく響く特徴を持つ、この世界特有の金属でできており、それを使って周囲の音を把握していたようだ。

 今の俺ではできないけど。


「まぁ、いい。行くぞ」


 マリウスはゆっくりと歩く。

 どうやら俺に配慮してくれているようだ。


 俺はそれについていく。

 知らない土地でも、多少は訓練を重ねたり、この杖のおかげで、歩ける。

 もちろん、王宮ゆえに非常に整えられていて、転びにくいというのもある。


「そこ、軽い段差がある」


 マリウスが注意を出す。

 一応、誘導はしてくれるみたいで、見直す……いやまだ決めつけるのはまだ早いか。


 カツ、カツと、マリウスは靴を鳴らせながら歩く。


 ある程度進んだところで、俺はあることに気付く。


 人の気配が、ない。

 俺たちが今、歩いている王宮の廊下には、誰一人としていない。


 貴族はおろか、メイドでさえも。


「どうして、人がいないんでしょうか」


 俺の疑問にマリウスが答える。


「そう取り計らったからだ」


 マリウスが取り計らった?

 王宮で人払いなんてできるものなのだろうか。


「玉座の間だ」


 そんなことを考えていると、マリウスが立ち止まる。


 扉がある。

 奥には、何人かの人の気配。


 この場にも、人は少ない。


「行くぞ」


 マリウスは扉を開ける。

 その際ズズズ、と音がなっており、重厚な扉であることがわかる。


 俺は堂々と中に入るマリウスに、ついていく。


「ようこそ、わが王宮、その玉座へ」


 きざったらしい物言いで、こちらに声をかける若い男。

 その傍らにも、人がいる。


「マリウス=ハウンゼン、ならびにリア=ハウンゼン、現着いたしました」


 マリウスは、その人物に膝をついて礼をする。


「国王陛下」


 その言葉に、衝撃を受ける。

 国王?この男が?


 ゲームでは、国王は登場していた。

 だが、こんな言い回しをしている人ではなかったはずだし、何より声がもっと低く、威厳がある。

 ゲームの印象では、怖そうな人だが、今の彼に抱く印象は、真逆で、優しそうな人物だ。あまりにも違いすぎる。


 ……ああ、いや、この時代はまだゲームの舞台の約十年前だった。

 声が変わっていてもおかしくはないか。

 言い回しに関しては……まあ何かあったんだろう。


「その子が、例の?」


「はい」


「……そうか」


 王様ははぁ、と大きくため息をつく。


 その様子に、俺はなにかいけないことをしてしまったのではないか、と不安になる。

 それに、例の、とはどういうことだろうか。

 話題にでもなっていたのだろうか?


「ああ、いや、気にしないでくれ。不安にさせてしまったかい?」


 俺の不安げな様子を察したのか、今度はマリウスではなくこちらに話しかける。


「い、いえ、大丈夫です」


「はっはっは、そうかそうか」


 やはり、きざったらしい。


「王よ、話はそこまでにして、本題に入りましょう。そうでないと、リア嬢が退屈してしまうでしょうし」


 話に入り込んできたのは、一人の女性。

 此方も王様と同じくらい若い。


「おお、そうだなアイリーン」


 アイリーン……知らない名前だ。

 ゲームではいなかったということか。


「リア嬢、初めまして、アイリーン・クレークと申します」


 優雅に一例して見せるアイリーン。

 見えないけど。


「彼女はわが王国の魔法使いの頂点、すなわち星呼びだ」


「え!?」


 星呼びだって!?

 想像していた以上のビッグネームだ。

 せいぜい宮廷魔法使いが関の山と踏んでいたのに。


 星呼びとは、国防の要である。

 一つの魔法で海を割り、一つの魔法で地面を裂く。

 強さにして、10%リア=ハウンゼンくらいの強さが無いとなれない。

 普段は国中を飛び回っている。


 ゲームでは、別のキャラクターがその座に就いていて、お助けキャラとして破格の性能で登場したのを覚えている。

 まぁリア=ハウンゼンには遠く及ばなかったが


「ふふ、いい反応をありがとうございます」


 アイリーンは優雅に笑っている。


「さて、先程も言いましたように、本題に入りましょうか。リア嬢、鑑定の魔道具の場所まで案内しましょう」


 アイリーンはこちらに歩いてくる。


「お手をどうぞ、リア嬢」


 此方に手を差し出してくるアイリーン。

 俺は素直にその手を取り、案内してもらう。


 王様たちはそれを普通に見送る。

 何か言ってくると思ったのに。


「別室にあるのですか?」


「ええ、鑑定の魔道具は、魔道具と言っても、かなり大がかりな施設になっていて、一部屋丸々使わなければ収まらないほど、巨大なのです。それにですね、男性のいる場では、やらない方がいいでしょうし」


「?」


 その数十秒後、俺はなぜアイリーンがそう言ったのかを理解することになった。





「服を脱いでください、リア嬢」


「え」






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