7話 成長と手紙

「む、むむむむむむむ」


 父の来訪から4日経ち、また俺の訓練が始まった。

 訓練強度はほぼゼロであるが、頭の中がこんがらがる。


 物の形を記憶して、頭の中に再現。

 どんな重さか、どんな材質か、どんな硬さか、それらを寸分違わず記憶していかなければならない。


 それを繰り返して、リアもクラリッサに頼ることなく、日常生活が送れるまでになったらしい。


「お嬢様、これは何でしょうか」


 そういってクラリッサは俺に何かを渡す。


 これは……。


「果物でしょうか、ごつごつした手触り、固めの感覚、ところどころ棘のようなものはあるけど痛くはない。……何でしょうか、わかりません」


 多分初めて触ったんじゃないか。


「これは、クローフスというくだものです」


「特徴として、果肉が甘く、冷やすとさらに甘くなることがあげられます」


 そう言ってクラリッサは俺に口を開けてくださいと言い、その通りに口を開けると、口にクローフスを突っ込まれた。


 あ、甘い、そしてうまい。

 めちゃくちゃ甘いけど、苦も無く食べられる美味しさでまとまっている。


「美味しいですね、これ」


「お口に合ったようなら、何よりです」


 そうして話していると、カーン、カーンという音が部屋に鳴る。


「あ、もうこんな時間」


 クラリッサが以外そうな声を上げる。


「では、今日の訓練は終わりになります」


「やったーーーー」


 やったーーーーー。


 地味につらいんだよね、この訓練。

 体もあまり動かせないし、運動がしたいというと、クラリッサが止めるのでできないのだ。止める時もなにか悲痛な声を上げているから、一度しか言ったことはない。


 以前から感じていたが、クラリッサはとんでもなく過保護のところがある。

 一度、記憶を失っているうえに、もともと全盲ともなれば、過保護になるのも仕方ない。

 運動して、下手に怪我でもしたら、大変な目に逢うだろうし。


 でも、さすがに運動はしたいとおもう。


「ああああああああああ」


 ソファからベットに飛んで、寝転がり、声を出す。


「お嬢様、はしたないですよ」


 クラリッサは、貴族令嬢らしからぬ言動を前にしてもふふ、と笑いながら、軽く注意をする。


「……あれ?お嬢様、今」


 クラリッサは、先程の俺の行動を思い出す。


で、ベットにひとりで行けましたね!」


 ……あ、そうじゃないか。

 何かあまりにも自然な行動だったから、できていたことに、俺自身でさえ気づかなかった。

 この部屋は広い。

 ソファからベッドまでの距離は部屋にしては長いし、直線の動きではベッドにたどり着けない。


「おめでとうございます!お嬢様は天才です!」


 クラリッサは手放しに賞賛する。


「え、えへへ。そうかな~」


 ニヤケが止まらない。

 褒められ慣れてないのだ、俺は。


 それに、成長を実感できたことが何よりもうれしい。

 この閉鎖的な空間で、閉鎖的な視界で、あまりそれとわかる成長はなかったから、とてもうれしい。


「よーし、この調子で、歩き回れるように、頑張るぞー」


「はい、お嬢様、頑張ってください」


 そんなことがあり、高揚した気分でいると、窓の方をカツ、カツという小さな音がする。

 何だろうと近づいてみると、それに気づいたクラリッサが言う。


「おや、連絡が届きましたね」


 クラリッサは窓を開け、音の発生主を中に招き入れる。

 パタパタ、と羽の音がするに、こいつは鳥だな。


「クラリッサ、それは何の鳥でしょうか」


「ああ、お嬢様は見たことがありませんでしたね。これは鳥ではなく、鳥を模した人形でして、魔法の力で動かしているのです」


 へーーー。

 魔法って便利だなーーー。

 ゲームでは戦闘時にしか使えなかったから、そういう印象はなかったな。


「なんで鳥なんです?」


「……ええと、私もよくわからないんですよね」


 すみません、と少し申し訳ない雰囲気を出しながら、クラリッサは鳥につけられた紙を取り出す。


 その紙はどうやら、手紙の様だ。


「何が書かれているのですか?」


「ええと、『リア=ハウンゼン。三日後、魔法属性の鑑定を執り行うことが決定した。昼頃に迎えに行くので、準備をしておけ』だそうです。旦那様からの手紙ですね」


「ぶっきらぼうですね」


 クラリッサは、苦笑いをする。


「旦那様はせっかちな方ですからね」


 フォローになってないと思うぞそれ。


 クラリッサは手紙をたしなめて、鳥に括り付ける。


「では、行ってきなさい」


 クラリッサは窓をもう一度開ける。

 開けた窓から、鳥はパタパタと羽を広げて飛んで行った。


「三日後ですか……」


 俺は待ち遠しい気持ちになる。

 魔法なんてロマンの塊だからね。

 体は女の子になっても、心は男のままなんだよ。


「クラリッサ、王宮はどんなところなんでしょうか」


「そうですね……大国というのもあって、すごい……オーラがありますね」


「なんです、それ?」


「行ってみたほうがわかると思いますよ」


 目の見えない俺でもわかるものなのだろうか。

 魔法と同レベルで、気になる。


「魔法属性も、楽しみですね」


「ええ、お嬢様の幸運をここで祈ってますね」


「……え?」


「え?」


 ……え!?


「クラリッサ来ないんですか!?さすがに知らない場所はあるけませんよ!?」


「呼ばれているのはあくまでお嬢様と旦那様ですので。一介の世話係では、王宮の入場許可が下りないのですよ」


 それに、とクラリッサは付け加える。


「旦那様が誘導をしてくださるので、大丈夫です」


「いや無理無理無理無理無理無理」


 あんな男に誘導が務まるのか?

 絶対嫌なことをしてくるでしょ。

 エスコート中に足かけてわざと転ばせてきそう。


 クラリッサは俺の様子に苦笑する。


「そう言わないでください。旦那様なら、安心ですよ」


「いやだーーーーーーーーー!」


 この後も粘ったが、ついにはクラリッサを説得することはできず、俺はあの父を頼らざるを得ない、王宮行が決まった。


 そして三日後。

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