6話 父との対話……いや自分から喋れよ

「……ええと、あの」


 いつまでたっても話が進まないので、話しかけようとする。


「なんだ」


 小さく聞くだけでその後何も言わないマリウス。


「な、なぜこちらに赴かれたのですか?」


「お前が鑑定魔道具を使用しても問題ないかと判断するためだ」


 そういってまた黙り込む。


 は、話が続かねぇ……。

 もうちょっと投げ返してきてくれよ。


「ど、どう判断すると?」


「私が調べる」


 おい!ふざけんなよ。

 何もわからねえんだよこの○○○ピーピー


 俺は怒りに震えそうになりながらも、必死にこらえる。


「ええと、ではどうやって調べるのですか?」


「魔法を使う」


「……どういう魔法をどう使って調べるのですか?」


「魔力の定着率を調べる魔法がある」


 ……ん?定着率?

 なんだそれは。


 俺の疑問を察することができたのか、マリウスは説明する。


「以前は定着率がぶれたことによって、延期となった」


 やっぱりわかってなかったわ。


「すみません。定着率とは?」


「魔力の定着には、時間が必要だ。時間の経過によって魂と魔力が結びつく」


 八歳の頃に、ごたごたがあったとクラリッサが言っていたけど、定着率がぶれたから測定できなかったのか。

 そして定着率が低いあるいは安定していないと、魔法属性の鑑定はできないと。


 マリウスの言葉はすぐ終わるため、自分で考えてかみ砕く必要がある。


「手を出せ」


 考えていると、マリウスがいう。

 とりあえず右手を前に出してみると、マリウスが手を取る。


 ……何か、やけに細い?

 成人男性の手はこんなに細かったか?


 まぁ細めの人なのだろう。

 多忙と言っていたし。


「では、魔法を使う」


 シュ、という軽い音とともに、何かが使われたような気配がする。

 これが魔法なのだろう。


 手から、胸の奥に、何か冷たいような、温かいような、よくわからないものが流れ込んでゆくのを感じる。

 これは魔力なのだろうか。


 血液のようにめぐるそれは、俺の心臓をドク、ドクと過剰に動かす


「っくふ」


 思わず声が漏れる。

 苦しい。

 倒れるまで、全力ダッシュを繰り返しているような苦しさだ。

 それもどんどん強まっていく。


「我慢しろ」


 これを為している人間の言葉は、他人事のように感じられた。

 なぜか無性に腹が立ったので、必死に我慢をする。


 声を出したり、苦しんでいる様子を前に出すと、負けた気がする。

 デジャブも感じたが、それどころではない。


 そうして何分か耐えていると、心臓を動かしていたものがスッ、と染み渡る。

 同時にこれまで嫌と感じていたほどの苦しさも消える。


「これは……」


「終わりだ」


 気が付けばマリウスは手を放していて、なにかの作業をしている。


「少しばかり待て」


 ねぎらいもないのかと思いたくなるほどの冷たさ。

 俺は心が悲しくなった。


 リア=ハウンゼンの父はこんなコミュ障の冷血漢だったのかと。


 ソファにふかく体を落とし、休憩する。

 苦しさが消えたとはいえ、失った体力までは消えない。


「……どういう……」


「いや、これは……」


 などとマリウスはブツブツ独り言をしている。

 カチャカチャとガラスのようなものの反響音を奏でながら。


「結果が出た」


 マリウスは一度言葉を切る。


「来週、王城に出向く。準備をしておけ」


 それはつまり、魔法属性の鑑定ができるということ。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 あのつらいことに耐えたかいがあったぞ!


「ではな」


 そういってマリウスは応接室の扉を開け、騎士に命令する。


「クラリッサを呼んで来い」


「はっ」


 騎士は左方向に向かっていくのを見届けて、マリウスは帰ろうと歩を進める。


「ま、まってください」


 俺は呼び止めた。

 いくらなんでも早すぎだろう。

 俺の言葉にマリウスは足を止める。


「なんだ」


「えと……いいえ何でもありません」


 彼のことを知らない俺では、引き留めるすべを持たない。


「……ではな」


 その言葉で、マリウスはもう振り返ることなく、帰っていった。


 ほどなくして、クラリッサが扉の空いた応接室に到着した。

 クラリッサは、一目散に、俺に祝いの言葉をかけ、あれ、と首をかしげる。

 彼女はあたりを見回す。


「お嬢様、旦那様は?」


「……帰りました」


「……そうですか」


 クラリッサは考え込む。


「お嬢様、なにか旦那様が気になることを言っていませんでしたか?」


「……いえ、何も」


「そうですか。……お嬢様、拗ねてます?」


「拗ねてません」


 俺は手を突き出す。

 クラリッサはふふ、と微笑みながら、手を取る。


「戻りましょうか、お嬢様」


「はい」


 最後の会話。

 会話とも言っていいものかはわからないけど、あの時、言い知れない感情が沸き上がっていた。

 怒り、悲しみ、喜び、その他の感情がごちゃ混ぜになったような、感情。

 なぜそんな感情が沸き上がったのかは不明。

 不明だが。


 ―――ああ、とても、むしゃくしゃする。













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