5話 父の来訪

 チッ、チッ、チッ、チッ。


 時計の音だけが、ある部屋に響く。


「……………………」


「……………………」


 チッ、チッ、チッ、チッ。


 応接室、いかにも高級そうなソファに、二人の男女が相対して座っている。


 どちらとも、無言で、相手を見つめている。

 一人は険しそうに、一人は気まずそうに。


 気まずそうにしている方の俺は、父親、マリウス=ハウンゼンを見て、思う。


 雰囲気、怖いんですけど。

 あとなんか喋ってくれない?

 なんでこっちガン見してんのさ。


 目が見えなくともなんとなくわかるくらいには、ガン見している。

 とてつもない圧で。


 チッ、チッ、チッ、チッ。


 時計の秒針の音だけが、この部屋に響いていた。


 思ってたのと、違う。

 どうしてこういう状況になったのか、俺は振り返る。


 ――――――――――――

 ―――――――――

 ――――――


「お嬢様、旦那様がそろそろこちらにつくそうです」


 自室で訓練をしていたら、クラリッサが報告してきた。

 訓練っていうのは、普通に盲目でも日常生活が送れるように、身の回りの物の配置や形を記憶していくといったものだ。


 体がある程度覚えているのか、俗にいう気配といったものが、生物相手ならある程度分かるようになってきた。


 だからまだわからない家具とかを必死に覚えているのだ。

 これができなければ、自室で一人で歩くことすらままならない。


 クラリッサは、俺が身に着けている寝巻を脱がせて、人と相対するために、きちんとした服装に着替えさせる。

 くすぐったい。


 この感触は……シャツかな、下はスカート。

 スカートは、まだ慣れないが、動きに問題はない。


 十歳どころか八歳の貴族子女は、すでにドレスの着用をしているらしい。

 もし俺がドレスを着たら、コルセットの締め上げで、死んでしまうかも……とクラリッサに笑って言われた。

 解せん。


 とにかく、普通の貴族子女としては、あまりにもラフな格好であるといえるだろう。

 特に数年あっていないだろう父との再会だ。


「……さて、次はお化粧をしていきます」


「化粧?」


 いるの?と言外に告げる。

 俺はまだ十歳だし、パーティーでもないのに必要なものか。


「ええ、必要なことです。旦那様は何年もあっていないんですよ?自分の成長した姿を見せたほうが良いとおもいます」


 そう言ってクラリッサは、メイクを開始する。


 メイクは初めてであるし、目が見えないのでさわさわと触れる何かに、ビクリと動いてしまう。

 くすぐったい。


「動かないでください」


 身じろぎする俺の体を押さえて動かないようにする。


「そうは言ったって……んっ」


 初めての感触に俺は声を押し殺しながらも耐える。


 時間にしてみれば十分程度であると思うが、俺にとっては何時間もの拷問にも思えた。


「どうです?」


「いや、見えないのでわかりませんけど」


 わかっているだろうに。

 まぁクラリッサとこんな軽口を叩けるようになったのは僥倖だな。


 そうしていると、コンコン、とドアをたたく音がする。


「マリウス侯爵様がお見えになられました。現在、応接室に案内中ですので至急、来られるように、と」


「……わかりました。直ちに向かいます」


 クラリッサが扉の向こうの人物———メイドだろうか?———に返事をする。


「……おかしいですね」


「何がですか?」


「私たちが先に、玄関先で出迎えをするのが基本的なのですが、私たちの準備よりも早く、着いて、そして私たちを待たずに応接室に直行していたことです」


 ……ふむ。


「急いでいるんじゃないでしょうか。多忙と言っていましたし」


「それでも、です。礼儀としてそれが普通ですし、貴族家当主として、家庭内でも礼儀作法を欠かしてはなりません」


 そういうものなのか。


「とりあえず、応接室に向かいましょうか、お嬢様」


「はい」


 俺はクラリッサの差し出した手を取って、応接室に向かった。

 ―――――――――――

 ―――――————

 ―――———


 扉の前に、人が立っていた。

 金属の音がするに、護衛の騎士であろう。


 騎士は俺たちに気付くと、礼をする。


 騎士が扉を開けると、誰かがいる。


「ふむ、来たな」


 低い声で、短くそう言う男性の名はマリウス。

 マリウス=ハウンゼン侯爵である。


 俺は挨拶をする。


「ごきげんよう、父上。クラリッサ=ハウンゼン。ただいま参りました」


「……フンッ」


 仮にも親のためにおめかしをしてきた娘にむかってこの態度……。


「座れ」


 その言葉通りに、俺はクラリッサの手を借りて座る。


 さっきまで楽観的に考えていたけど、不安になってきたぞ。

 もしかして、やばい親なんじゃないか?


 リアの家族構成は知られてはいたものの、内情については描写が無かったため、何も知らなかった。


「クラリッサは別室で待機してなさい」


 そういうとクラリッサは疑問を呈する。


「なぜでしょうか。お嬢様は目が見えません。それに……」


「下がれ」


 質問を許さないといった様子でクラリッサは別室に移動する。

 去り際の心配そうな気配が、余計に不安を増大させた。



 こうして父との面会が始まり、冒頭に至る。












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