3話 瞳と予言

 リアが再び気絶したのを間近で見たクラリッサは、彼女の額に、水につけたタオルを乗せる。


 おそらく、記憶をなくしたことで、一時的に不安定な状態になっているのだろう。


「お嬢様……」


 クラリッサはある一幕を思い出す。


 あれはリアが八歳の誕生日の時のことだ。


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 世話係のクラリッサは、リアの父親、ハウンゼン侯爵に呼び出されて、侯爵のいる執務室の扉の前まで来ていた。


 先導する執事長は旦那様が呼んでいる、ついてこいと言ったきり、何も話さない。


 扉越しにも伝わるような緊迫感。

 リアの誕生日だというのに、何やら重苦しい雰囲気を醸しだしている。


 執事長はコンコン、とノックをし、奥にいる主へと入室の許可を得る。


「クラリッサをお連れしました」


「……入れ」


 扉が開かれると、そこには侯爵家の重鎮が勢ぞろいしている。

 侯爵夫人、騎士隊長、執事長及びメイド長。

 そして何やら見慣れぬ老婆。

 クラリッサは不安になりながら扉を通る。


 それを確認した侯爵は厳かな口調で口を開く。


「今回集まってもらったのはほかでもない。リアのことだ」


 クラリッサは世話係であるため、呼ばれたと納得する。


 侯爵は老婆を手で指し示して紹介する。


「彼女は占星室室長のダリ殿だ」


 占星室……たしか魔法を使い、国の凶兆吉兆を占う魔法集団の名称のはず。

 重要な役職ではあるが、宮廷魔法使いなどとは違い、あまり表に出てこない役職で、そのため情報も少ない。


 ダリは軽く会釈をし、懐から杖を取り出す。


「私たち占星室の人間は何かしらの方法で未来を占う。私の場合は占星の名の通り、星読みの魔法を使うのさ」


 そう言ってダリは杖を軽く振るい、高級そうな紙の束を現出させる。


「これは占星室の魔法使い総員が占った結果さ」


 そう言って、老婆は紙の束を侯爵に渡す。


 侯爵は紙の束、その一番上にあった紙をとって、読む。

 読み終えたなら、その次、その次と、読んでいく。


 読み進めるごとに、ただでさえ強張っていた侯爵の顔がさらに強張っていく。


 最後の紙まで読み終えると、侯爵ははあ、と思いため息を出す。


「あ、あなた……内容は?どんな内容だったのですか?」


 侯爵夫人が疑問の声を上げる。

 実子であるリアの未来に関する内容であること、そして侯爵の表情を見て、いてもたってもいられなかった様子だ。


 その内容を知っているはずのダリは何も言わずに、侯爵をじっと見ている。


 侯爵は、何やら葛藤している様子で、唸っている。

 だが、それも少しのことで顔を上げ、内容を語りだす。


「……時計の針が明日を指示した時、リアは、なにかを失う」


 侯爵は言葉を切る。


「リアがを失えば、記憶も、失われる、と」


 部屋にいた、侯爵とダリ以外の全員からひゅっ、と息をのむ声が聞こえる。


「何か、とは?それに、なぜ記憶も失われると?」


 夫人の言葉に侯爵は首を振る。

 夫人は信じたくない、といった様子だ。

 もちろんクラリッサも、ほかの誰だって予言を信じたくないのだろう。


「占星による予言は、絶対ではないと聞きます。であるならばこれが外れる可能性だって」


 ダリが気の毒そうに首を振る。


「確かに、占星は絶対ではない。だけれど、占星室の全員で占星をして、そのほとんどが同じ結果を示したのさ。だから……これはほぼ確定している未来なんだ」


 その言葉は、実子のリアを想う夫人にとって致命的な言葉であった。

 夫人は崩れ落ち、メイド長に支えられる。


 クラリッサも、目の前が真っ暗になったかのようにふらついてしまう。

 リアが生まれたときから、大切に世話をしていて、クラリッサはリアのことを実の娘のように思っていたからだ。


「……話は以上だ。どうか、リアと話をしてくれ」


 その言葉とともに、クラリッサたちは執務室を後にする。


「……クラリッサ、先に、リアのもとに行っておいてくれるかしら。こんな顔じゃあ、あの子に顔を合わせられないから」


 夫人はそう言って、自室の方向へと歩いていく。


 クラリッサは今、笑えているだろうか、と顔を触る。

 心を落ち着かせようと努めながら、クラリッサはリアの部屋に向かう。


「クラリッサ?」


 その時、進行方向の廊下の角から、クラリッサを呼ぶ声がした。

 ひょっこりと顔を出したのは、リアだった。


「……お嬢様、なぜここにいるのですか?」


「クラリッサが執事長に連れていかれるのが見えて……それで、こっちに来てみたんだけど、なんか見張りの騎士さんが怖い雰囲気を出してたから、出てくるまで待ってたの。クラリッサ、大丈夫?ひどい顔よ?」


 そう言ってクラリッサのことを心配するリア。

 宝石のように鮮やかな赤色の瞳を、不安げに揺らしている。


 リアは、年齢の割に聡い。

 なにかある、と悟ってこちらまで来たのだろう。


「……ご心配なく、私は大丈夫です、お嬢様」


「でも……いえ、そうね。じゃあ、早く私の部屋に行きましょう。今日は私の誕生日ですもの。いっぱい、いっぱい、楽しまなきゃね。お父様も、お母さまも、クラリッサも、皆で楽しむのよ」


 そういってリアはクラリッサの手を引く。


「ええ、ええ、お嬢様。今日は、楽しまないと、ですね」


 クラリッサは、思う。

 ―――ああ、今、私は笑えているだろうか。





















 朝日が昇るころ、両の眼を失ったリア=ハウンゼンを発見、記憶の喪失を確認。


 第一発見者:クラリッサ

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 時は遡り、執務室には、侯爵とダリが残っていた。


「あれでよかったのかい


「ええ、あの未来は知らせるべきではないのです」


 ダリは、侯爵マリウス=ハウンゼンの嘗ての上司であった。

 家族にも知らせていないが、マリウスはかつて占星室の一員だったのだ。


 ことの発端は、マリウスのちょっとした好奇心であった。

 自分の娘が未来でも健やかに生きれるのか、見てみたかった。

 見えたのは、リアの不吉な未来。

 先の予言と同じ結果を示したのだ。


 焦ったマリウスは上司であったダリを頼り、占うことをお願いした。

 結果は同じ。


 他の占星室の人間にも頼ってみたが、結果は変わらず。

 占星には何年も時間がかかり、すべての占星が終わったのは今から一日前。


 何年も覚悟してきているマリウスとは違い、夫人やクラリッサはショックが大きいだろう、とマリウスは彼女たちに対して申し訳なく思う。


 ……時に、占星の的中率は、世界への影響度に比例する。

 影響の少ないものであれば、的中率は一割程度といった具合だ。


 歴史上もっとも的中率が高かったとされるものは、【リラクシアの赤飢餓】

 百五十年前にあったとされるそれは、リラクシアという地域から起き、やがて大陸全土に蔓延した伝染病である。発症者は赤い斑点が体にでき始め、とてつもない飢餓感が襲ってくる。

 この飢餓感は、同族の体も、自分自身の体も食いつくしてしまうというほどだ。

 この伝染病は、世界人口の七割を食い尽くしたと記載されている


 リラクシアの赤飢餓での的中率は、八割を超えていたらしい。


 だが、今回の占星の的中率は九割を優に超えている。

 百人が定員の占星室で、二人のみ違う結果であり、他九十八人が同じ結果となった。


 繰り返すが、占星の的中率は、世界への影響度に比例する。

 ただの個人がどうやっても、世界への影響はたかが知れている。


 ―――故に、この予言には続きがある。



 赤が贄へと堕ちたとき  死の王がやって来る

 死の軍勢がやって来る

 赤を簒奪せし 死の王に すべてが赤で 塗りつぶされる

 其は止まらない すべてを赤に染めるまで


 すべてが赤に染まる頃 白き光が其を照らすだろう

 そしてその傍らには 異なる赤が在るだろう

 或いは異なる赤が 其を飲み込むだろう


 忘れるな 忘れるな 

 白でなければ意味がない 赤でなければ意味がない

 そうでなければ 真にすべては 赤に染められるのだ



「こんな未来は、知らせるべきではない。知らせてはならない。誰にも、あの子にも」


 その後、リアの眼が失われるのを見たマリウスは、予言が告げる不吉な未来に向けて備えることにした。

 その時から、マリウスは次第に、リアを筆頭に家族に会うことがなくなっていった。

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