第一幕

ハジマリの砂丘

1 早朝、盗賊に襲われる

 風が吹くたびに砂が舞い上がる。白めく砂は綺麗だが、目に入ったら痛い。そんな事を考えていた彼は、バタバタと揺れる布を押さえた。何十にも重ねて被ったそれは灼熱のや、うすら寒い空気から守ってくれる。


 ザリと砂をその色が濃い足で踏みしめると、砂丘の先から「ぎゃはは!」と言う笑い声が聞こえてくる。思わず足を止めたが、丘の上の黒い影シルエットはバレていたらしい。

 なんだなんだと、砂丘の下で休んでいた素行の悪そうな男達が立ち上がる。彼はその少女と見紛えるような顔を「あちゃぁ」と歪めながらも、そっと腰に挿してあった二本、いや六本ある細く長い“針”に手を触れた。


「女かぁ?」

「小さいが、ちょうどいいな! 取って食っちまえ!」

「ぎゃはは!」

「行くぞお前ら!!」


 耳障りで下品な声と共に、男達は彼へと走り出した。砂丘を登ってくる男達。地形的有利を持ちながらも、彼は動かない。まだだ、まだ、その時ではないと直立不動で待っていたが──次の瞬間、「クァァァ!!」という鳴き声と共に比較的小さな影が男達に飛び込んだ。

 それは突くように男達を蹴散らすと、シューッと飛んで“飼い主”の元へと帰って行く。その姿は、文献で見たことがある。この地上の世界に何百といる神に選ばれし獣のひとつ。ハヤブサだった。


 ハヤブサが帰って行った方を見る。そこには、一人の背の高い女性がいた。金と黒を基調とした分厚い服を着ていて、髪は噂に聞く雪のように真っ白。ざんばらの長髪から覗くのは静かな曇り空のような瞳だった。

 耳から垂らした金から黒色に変わっていく長い布が揺れる。彼女の抜け落ちた表情と目が合った瞬間、その場はドゴン! と爆発した。

 男達は大混乱だ。突然の爆発に、さすがの彼も身を構える。まさかそこに居る彼女がやったのか──と視線をやったが、既にいない。驚いて、視線を動かした。すると男達の中でまるで舞でも踊るように戦う彼女が見えた。白んだ砂が舞うたびに、それが雪だと錯覚してしまう。

 回し蹴りをして一人、脳を確実に揺らす。もう一人には拳をぶつけ、逃げようとした二人の男は懐から取り出した金属製の針を投げて殺す。彼のような“針使い”が使う大きな針でなく、本当に小さな針である。

 感心していた彼は、ぼふぼふと音にならない拍手を送った。すると彼女は、明らかに不愉快というような顔をしながらこちらに近づいてくる。


 上空を旋回するのは彼女のハヤブサ。彼も彼女に近づくと、そのワインレッドの髪を揺らしながら言った。

「助けてくれたのか?」

「ああ……」


 彼女の言葉に気を緩めたその時、ハヤブサが急降下して、また、爆発が起きる。先ほどの爆発も、ハヤブサによって起こされたものだった。彼が驚いたように目を丸めた次の瞬間には、目の前の女性は彼を羽交い絞めにしていた。


「はは……積極的な事だ」

「悪いか」

「いや。僕は嫌いじゃない」


 腰に挿していた針はハヤブサが器用に抜き取って、砂の上に捨てていく。到底とれる距離じゃないが……折られなかっただけマシか。

「僕たちが争う理由は?」

「針使いは生きて捕まえろと、神が仰られている」


 針使いとは、元来この砂原すなはらに住んでいたとされる種族のことを言う。この世界の半分は砂に覆われており、その土地の事を民たちは“砂原”と呼んでいた。そして砂原に住む者たちは、もう半分である草原くさはらを羨むものだ。

 草原への立ち入りは裁判神さいばんしんによって固く禁じられており、立ち入るには神の印である“ケグリネ”というものが必要であった。


 そのケグリネを紡いでいた種族が針使いという種族であり。遠い300年前のある事件をきっかけに神の使徒であった針使いは追われる身となったのだ。

 今でも、針使いの仲間たちはこの砂原で神とを続けている。針を捨て隠れる者、革命を起こす者、様々な針使いがいる中、彼──イドリスは同法の針を回収しながら旅を続けていた。


「また神か……見たところ、ケグリネを持っている訳じゃなさそうだし。雪のように白い髪は、新しい神の使徒、ベルベドの民か」

「……」

「だんまりは好かないよ。それにしても生きて捉えろか……拷問したいってほど神が悠長に構えるとは思えないし。もしかしてケグリネの紛失? 盗まれでもした?」

「知らん」


 あ、やっと喋ってくれた。イドリスはホッとしたような笑みを浮かべる。それから彼女をこっそり観察した。真白いまつ毛はあまり長くないが、下まつ毛はバッチバチだ。肌も真っ白で、高い鼻と薄い唇が特徴的。

 どう見たってベルベドの民の特徴を受け継いでいるが……真隣にある端正な顔の眉間には、深くしわが刻まれている。疲れているのか。

「僕を捕まえるのってそんなに重要か?」

「……たまたまが見つけたとはいえ、私達の仕事であるからな」

「……ハヤブサの名前? 変わってるね」

 そう言ったらぎろりと睨まれた。怖い怖い。でもこの感じだと逃がしてもらう方法もあるかもしれない。まあ取り敢えず、現状は分かり合えそうにないし、大人しく連行されようか。そう考えたイドリスは捻り上げられた手の指をぐっと動かした。


「僕はイドリス。見ての通り、針使いさ」

「……偽名はエバだ。こっちはハヤブサのクァン。知っていると思うが、何百もの神に選ばれし崇高な獣であるからな」


 そう言った彼女は、懐から取り出した鎖をイドリスに付けた。


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