20230815_長谷川_深澄.mp3

やまだまや

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 あの子は天国に行くんです。あの子は絶対に。だって、こんな私から見ても良い子だったから。サークルでも最後まで残って体育館の掃除とかして、こんな私にだってタオルとか、制汗剤、貸してくれました。虫も殺したことのないような優しい人でした、彼女。天国に行くべきなんです。天国しか行っちゃいけないんです。だから、お腹のとこに、こう、神様がわかりやすいように天国、って書いたんです。間違っても、地獄なんか行っちゃいけない、と思って。彼女も自分に地獄なんか似合わない、なんてわかってないかもしれなくて。ガムテで両手両足と口を縛った後、首を切る前に、パイプ椅子に座らせて見せながら書きました。お前が行くところはここだよって。天国に行って幸せになりなよって。

 彼女、泣いてました。ガムテープで口は塞いでましたがあんま意味ないんですよね、あれ。くぐもるだけなんですよ声が。痛い痛いって聞こえるんです。ほんとごめん、って思いました。ちゃんと気絶させてからやるべきだったねって、謝りました。んで、まあ包丁で書き……というか刻み終わった後、首を切ったんです。首って意外と硬くて。知ってます? 結構固いんです。ムキムキなわけでもないのにやっぱ筋張ってて、グッて押しても、皮と、その、あれって皮下脂肪ってやつなんですかね? そこまでは切れるんですけど、私力が弱くて、その後からなかなか刃が進まなくて。あの、わたし横から切ろうとしたんです。あの、耳の側、から? って言ったらわかりやすいんですかね。ほんっとに声が大きくて。いたいいたいって。うがあああって。腹から声出すんです。こう、お腹がたわむじゃないですか。刻んだ文字から血が垂れるんです。それも気にしないで叫ぶんです。あんな私に優しく微笑みかけてくれた顔が女か男かもわかんないような声で泣き叫ぶんです。マジで後悔しました。ああ、正面からグッて切ってった方が良かったな、ってすごい後悔しました。そうすれば声って出せないじゃないですか。ほんっとうるさすぎて。なんなら、ああ、わざわざ包丁じゃなくて良かったなって。いや、ちょっと憧れってあるじゃないですか。人殺すなら包丁かなって。

 ああ、んで、切れない、って言ったじゃないですか。ほんとマジでなかなか切れなくて、私も泣きたくなっちゃって。私の人生なんでこんなに上手くいかないんだろ、って思っちゃって。たしか警察ってプロファイリングとか、するんですよね? 特にこういうやばい事件ってなおさら。私の生い立ち見ました? ヤバくないですか? こんな恵まれないことある? って感じ。10年後20年後には多分再現V付きで特集組まれるタイプですよね? 悲劇の美少女殺人鬼、みたいな感じで。……うわ怖、そんな睨まなくてもいいじゃないですか。でも、刑事さんもイケメン俳優に演じられるかもしれないで……わ、ビビったあー。刑事って舐められたらマジで机叩くんですね。こういう脅し、ドラマだけの話だと思ってました。弁護士で言ったら、『異議あり!』みたいな? この後お仲間さんから『お前ついにやったなあ?』とか笑い合うんですか? いいなあ、楽しそう。ってか、刑事って実際楽しそうじゃないですかあ? だって既に反省してるか弱い女子大生をそうやって恐喝して気持ちよくなれるんですよね? 最高じゃないですか。それで給料も出るときた。かー、羨ましいですね〜。え? 録音されてる、とか。ふふ、いや知ってますよ。なんなら全部録画されてるんですよね。聞くの2回目です。取り調べの最初に言ってたじゃないですか、あなたが。忘れました? 早くない? 結構頭は良くない方なんですか? 背広組、とかとはやっぱ違うんですか? 大学とか出てます? ねえそんなイライラしないでくださいよお、もう。ほら、これ、反省してるからこそなんです。だって、ほら、別に私、死刑でもいいんです。ってか死刑がいい。あー、や。ちょっと待って。死刑って……今は絞首、ですよね。電気椅子とか今やれないんですかね? ってか外国でも今やってるところあるのかな。あれやってみたいんです。私。ああ、いや、だって、話、戻すんですけどお、だって刑が重ければ重いほど償える、じゃないですか。私、反省してるんです。本気です。だって1人の将来有望な女の子を殺しちゃったんです。同じ将来有望な女の子である私も死ぬべきでしょう? それで釣り合うじゃないですか。ってかまあ、早く死にたいんです。彼より先に。寂しいだろうから、ふふ。

 …………あれ? もう机とか叩かないんですか? 狙ったのになあ。ってか、え、飽きちゃいました? 私の話。終わりにします? 確かにい、首切って殺して、で、まあ、あとは警察の方々が通報受けて見つけて。で、そのあとは全然警察の方々の方が詳しいじゃないですか。どう死んだとかいつ死んだなんて私知りませんし。

 ……ふふ、わかりました。あー、まあ、んじゃ話します。まあ、さっき言った通り、サー室で殺してえ。あ、サー室ってわかりますか? サークルの部室みたいな感じです。ってかまあ、わかるか。馬鹿じゃないらしいし。ふっ。あ、で、大学の近くの貯水池、ってかまあ、そこに捨てたのはみなさんご存知ですよね。なんかめっちゃ緑の、汚らしい、絶対入りたく無い感じの。ってか、ねえー、聞いてくださいよお。夏とかめっちゃあそこ蚊が湧くんです。マジで変な虫とかぶんぶん飛んでてほんと近づきたくなかったんです。けどまあ、近いし、こう、手すりも低いし、わっしょいって感じでぼちゃんって入れたんです。あとは知りません。ファミマでアイス買って帰りました。ジャイアントコーンです。赤いやつ。

 ……いやほんとは近くにカーシェアできる駐車場とかあったんで、海とか山に行こうと思えば行けたんですよ。だってよく捨てられるのってそっちじゃ無いですか。え、実際はどっちが多いんですか? 刑事ドラマとか見てると山が多いような気がしますけど。やっぱ山? 海って持ってくのだるいっすもんね。けど見つかりにくいんですって! ネットで見ました! カニさんとか魚さんがパクパク食べてくれるらしくって。ああー、ってか海だと誰も見つけられないからそもそも脚本として成り立ちにくいんですかね? ……ん、ああ、けど、私は別にいいかなって。正直もう殺した後ってほんとどうでもいいんですよ。興味なくなるんです。知ってました? え、これ私だけですか? 刑事さんはどうですか? なんて。

 ……んー、あー、まあ、んで終わりです。……ふふ、まだ話した方がいいですか? 情報って多い方いいですもんね。えーーっとお。その後は帰ったあとシャワー浴びて、でなんかやっぱアドレナリンエグくてえ、彼に借りてる歯ブラシ使って風呂場でめっちゃ……はい? まだある、って、余罪かなんかですか? なんかしましたっけ、私。あ、待って、当てます。当てれる気がする。あれでしょ、彼の家に送った封筒でしょ。……うぃ、当たり! あー、あーいうの、恐喝、なんでしたっけ。一応知ってますよ。法学科入ろうとしてましたし。いやだって、彼も天国行きなんですよ。結局。何もしてないんです。彼。清廉潔白なんです。清いんです。罪をまだ一度も犯したことがないんです。背負っていないんです、彼。本当に清いんです。全部。心。体も。しかもしかも、なんならまだ、『童貞』、らしいです。いやいやいや、だってえ、ふふ。彼、前友達にいじられてましたもーん。『童貞だろ!』とか! うわー。ん〜、ふふ、じゃあ天国だ。んじゃあ天国じゃん、もう。だって似合いすぎるでしょ。彼が天国、とか。天使の輪っかとかつけて欲しいじゃないですかあ。絶対似合うし。ってかもう天国なんですよ、彼。天使じゃなく、です。天国そのものなんです。あんな可愛い笑い方、現世の人間じゃできないです。あんな隣が心地いい生物、この世にないんです。彼、可愛いですよ。みたことあります? ってか写真とか無いですか? 久しぶりにこんな彼に会わない感じになったから結構堪えてるんですけど。

 いやー、実際、どうです? イケメンですよね。刑事さんからみてもイケメンじゃないですか? しかもめっちゃ優しいんですよ。しかもイケメン。ふ、イケメン2回目ですね、はは。いやマジで、すごいんですよ、彼。バスケうまくて。背も高いじゃないですか。確か178.6センチ? でしたっけ。私166! めちゃキスしやすいんです! マッジで理っっ想の身長差ぁー! あああああああ、やば、マジで。すげードキドキする。しかも彼の腕の血管とかみました? めっちゃバキバキ。腹筋も。いつもシーブリーズのあの、汗拭きシート使ってて。なんかいい匂いだかららしくて。んでボディソープが、あの、デオコってわかります? あの青いパッケージの。あれくっっっっっそ良い匂いするんですけど、あれ使ってるんです、彼。私も買っちゃってえ。その、よく使うんです、私。めっちゃ興奮するから。毎回使っちゃうと慣れちゃうじゃないですかあ。だからその、『今日は本気でシよう』ってときに泡立てて、左腕とかそれで洗って、腕の匂い嗅ぎながらスるんです。ほんとそれで朝までやったことあります。あと……ん? 

 はあ。そうでしたね。封筒、でしたっけ。ならなんでその封筒を、ってところ、ですよね。いやあ、彼って天国行きなんです。皆さんもご存知の通り。く、ふふ、ねえ、だって。彼、清廉潔白なんですよ。童貞だし。しかもその、1人でスるとき、めっちゃ可愛いんですよ。なんかイくとき、足ピーン、って伸ばして。絶対そうするんです。可愛いですよね。マジで。ほんと。あー可愛いほんと。んで、多分Mです。あーーーやば。ヤバすぎませんか? だって、彼、いや、ちょ、ちょっとくらい喋らせてくださいよ。だって、こんなに語れることなくてえ。私友達とかもいなかったからあ。知ってますよね! 私友達いなかったんですよお、ほんと。でえ、前私が偶然装って彼に密着したんですよ。『おわっ』とか言ってめちゃ顔赤くしてました。マジであれは、もう、いや、抱きつきかけましたよ。え、あは、ってかこれ新しい犯罪の自供してませんか? 私。あはは! いやまあ、良いんですけど、ここまで来たら。ってか彼、買う同人誌とかAV、全部M向けのやつなんですよ。いやまじで可愛いですよね。しかも耳弱いらしいです。友達に言ってました。耳弱いんだよねえって。もう、エロすぎませんか? あのガタイ、あの性格、あの顔、で、ですよ。完璧じゃ無いですか。しかも、めっちゃお酒弱いんですよ。スパダリじゃないですか。うわーーーーマジで存在すんのか、この物体。ってなりません? 創作の世界から飛び出してきたんじゃ無いか、って思いますもん。ぶっちゃけ私、アニメとか漫画とかあまり詳しく無いんですけど、こんな出来すぎた男の子いたら読者から『やりすぎだろ』って突っ込まれると思うんです。だって……ねえ? しかも童貞とか、あははは。私の夢詰まってますよ、あれ。


 だから、一緒に地獄に行きたいんです。地獄に堕ちて欲しかったんです。早く私と地獄に。何枚も何枚も送りました。『地獄に堕ちろ』って送りました。郵便でもメールでも電話でも。彼の部屋の至る所に貼ったりもしました。彼のカラーボックス、あの、靴下とか入れてるところ、あるじゃないですか。ああ、あるんですよ。ごめんなさい、知ってるものだと思って。中にセリアで買ってきた小さいカゴ入れて整理整頓してるんですけど。彼几帳面なんでテプラで靴下ー、とかパンツー、とか貼ってあるんです。そこも、ふふ、『地獄に堕ちろ』に貼り直しました。全部。三段。いやこういうのって小さいところからじゃないですか。サブリミナル? みたいな。あとカレンダーにも書きました。全部。7月分からです。12月31日まで。だって、こういうことしないと天国にいっちゃうから。だって、彼、本当に清廉潔白だから。私と違って。一緒にいられるようにしたいんです。行ってほしくないんです。行くんです。私は。絶対地獄に。虫一匹殺せない、どころか人1人殺してるし。彼にも一緒にきて欲しいんです。ね? だって2人ならどんな辛いことだって乗り越えられるから。

 ああ、ねえ、ねえ、だって、だって、私、彼に一回だってわがまま言ったことないんですよ。ほんとです。最後くらいいいじゃん。ねえ? 最後くらい私のわがまま聞いて欲しいんです。ねえ。一個。一個だけ。ほんと。お願い。マジで地獄に堕ちて。マジでお願い。お願いお願い。私地獄で待ってるから。ねえ。

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