夕闇色のその後・完結編 完結の章 大切に…君が辿り着いたその場所を
「とにかくさ、結婚おめでとう! じゃあ、最後にこれ渡さないと……」
「あ……ありがとう。でも、その前にあの……私も最後に一つだけ……」
「なぁに?」
せっかく笑顔になったまゆなだったが……俯いて泣きそうな顔で……
「あのね……その……エレベーターでの話……」
「いや……だからそれはもういいって」
「違うの! 私のせいで……ゆなさんが、あんな……本当に……本当に……ごめん……なさい……」
え……? ゆなさんの……こと? それって……
「まゆな……まさか、知ってたの?」
俯いたまま、何かを躊躇っていたようなまゆなだったが……
「れいが隠そうとしていること……私が知らないはず、ないでしょ?」
確かにあの頃の僕は、まゆなに隠し事などできなかったが……それはその後、何年経っても変わらなかったのか。
そしてあの頃と同じく、僕は……「何故知っているのか」……「誰から聞いたのか」などと……問い詰める気もなかった。
そうか……まゆな……知っていたのか。
「それは……まゆなのせいじゃなくて……僕とゆなさんの関係での……て言うか、僕の幼さが招いた過ちだったんだから……もう……いいから……」
「それでも……それでも、本当に……ごめんなさい……」
「うん……それはもう、本当にいいからさ……お互いに辛くなるだけだから……もう、やめにしよう」
「れい……赦してくれるの?」
「あの頃のことはもう、赦すも赦さないも……ないんだからさ、まゆな……もう、終わりにしようね」
「れい……ありがとう。本当に……ごめん……なさい……」
そう言いながら、僕の首回りへ腕を絡めて来たまゆなを……僕も抱きしめてあげずにはいられなかったんだ。
『そのこと』を……即ち、ゆなさんのその後の件を……実は二人ともに知っていたとの認識を、11年ぶりに確かめ合ってしまった二人にとっては……
あの頃の二人の、愛だ恋だを超越した……『罪悪感の共有』だったのだろう。
それはそうと……
もう……離してもらってもいいかな? まゆな……。
僕は君を好き……『大好き』だったけど……やっぱり『愛して』は、いない……残念ながら、いなかったのだから……あの彼と、幸せになるんだよ。
そんな、諸々の感傷に流されている場合ではなく、本題に入らねばならない課題が残っていたんだ。
ゆなさん……
今度こそ本当に……
まゆなとは、本当の『最後』にできるように……
見守っていて下さいね!
「まゆな……僕は君を責める気持ちなんて、少しも無いんだからさ……さっきみたいに、笑顔を見せてよ」
「うん……ありがとう、れい……。でもやっぱり、ゆなさんのこと……ごめんなさいって……何度言っても、気が済まないの……」
そうだろうな。まゆなも……僕と同じ『罪悪感』を……共有し続けていたんだね。
ごめんねまゆな。あの頃の……僕の幼い判断のせいで、君を巻き込んでしまって。
それを言えば、君はきっとまた……僕のせいじゃないと、言うのだろう。
「わかったよ。気が済むまで言っていいから……それじゃこれ、渡したからね……はい!」
と……その時に『会う目的』であった……『どうしても渡さなければならない物』を渡した。
「あ……ありがとう。れいってあの……奥さまと娘さんには、その……あの……」
それには答えず……
「いいからさ! 全部僕のせいだから、まゆなに咎はないの! 一瞬で帰ると言ったのが、嘘になっちゃうし……じゃあ、帰るからね!」
ドライに帰ろうとする僕にまゆなは……
「れい! あの……ちょ……ちょっと待って! れい……あのね……私……」
またもどこか泣きそうになっているまゆなに僕は……精一杯、優しく訊いたつもりだった。
「なぁに?」
「あのね……その……」
「ん? なぁに?」
「今まで……そのぉ……」
いいんだよ、まゆな。
今度こそ本当に、本当のお別れなんだから……そんな顔するなよ。
3年前も言ったけど……美人が台無しだよ。
それに君はあの彼と……結婚して、幸せになるんでしょ?
いや……絶対に幸せになるんだよ。
11年前、お互いにティーンだった二人……暴走してしまった二人……ゆなさんとの件もあったとは言え……悪いのは全部、僕の幼さだったんだからさ。
あの頃……君のことを好きだったのは間違いない。
でもそれは……本当の『愛』ではなかったんだ。
僕が本当に愛していたのは、ゆなさん……だけだったのだから。
本当にごめん。まゆな……赦して欲しい。
それでも……それでもあの頃の君は、僕を愛してくれていた。
あの時、エレベーターでの君は……流石の『術中』……僕にとってもあれは……抗い切れない『縁』だったんだ。
その後の僕の……勘違いしていた判断も、なにもかもが……君との『縁』だった。
『愛』だとか『恋』だとかではなくて……『縁』だったんだ。
そしてまゆなと……その11年後のこの時、これで本当に最後となるのも……否、最後にしなければならなかったのもまた……君との『縁』なのだから。
僕はまゆなへ、笑顔で伝えた。
「いいからさ! 言・わ・な・い・の! 色々とお互い様でしょ? それじゃ、元気でね!」
「うん……ありがとう……。これまで……本当にごめんなさいね……」
「いいって。僕だってあの頃は……ん~あと、3年前もか……何かとごめんな。じゃあね……本当に……絶対に、幸せになるんだよ!」
そう言って立ち去り、手を振りながら一度だけ振り向くと……
「れ……い!」
と……『泣きだしそうな顔』を通り越した……
『情』を、頬へ溢れ流したで瞳で僕を見送ってくれた彼女……
まゆな……本当に……本当に、綺麗になったな。
本当に……幸せに……なるんだよ。
何れにしても、これがまゆなとの……最後だった。
本当に……最後だった……。
その彼と、そのまま結婚したのかどうか……?
その後も中野区のあのマンションに住んでいるのかどうか……?
少し気にはなったが、まゆなの実家のお母さんには結果報告をして以来……再度訊いてみる気も無ければ、確認する必要も無い。
夕闇はこれで……やっと、終わったのだから。
特別な『事情』ではあったが……その『事情』が始まった1986年当時は……
その『事情』を、直ぐには知らされていなかった僕。
その後、とあるルートからその『事情』を伝えられたものの……その時、同時にまゆな側から……否……『寺田家』側から伝えらえたのは……
「もう関わらないように」
……のような宣告だった。
故に……当時まだティーンだった僕の、その後の人生は特に……常にその『事情』に晒されて生きていた感覚は……正直なところ、薄かった。
但し、その数年後……まゆなの意思が『その宣告』とは違ったことがハッキリした件と……
ゆなさんがその後、どうなってしまったかの情報を得たのが……
この、夕闇色の……『その後』の物語が始まってしまった……否、僕の知らないところで既に始まってしまっていた1994年の……あの時期だったんだ。
トラックを転倒させてしまったあの日の……あの夜……決まるはずのない交渉が、案の定決まらずに……まゆなにとっては残酷な決別。
大震災・テロと、激動の幕開けで始まった、そのあとの『3年間』のまゆなの心境は、果たして如何様であったか……。
ゆなさんとの過去を引きずっていようとも、さゆりさんと娘との幸せのためにも、まゆなに対しては残酷な決断をせざるを得なかった、夕闇色のその後。
そんな『夕闇』は、ゆなさんのアドバイスの通りに「自己チュー」であったとしても……終わらせなければならなかったんだ。
そして……終わった。終わらせた。
ゆなさん……本当にありがとうございました。
貴女には……どうにもお詫びのしようがなく……本当に申し訳ない。
あの頃……僕があんなに幼い判断をしなければ……貴女には戻ることはできたのにも拘らず……どうか赦して下さい。
哀しくも……本当に哀しくも、幻となってしまった貴女の、あの頃のアドバイスのお蔭で……『夕闇色』のすべては終わりました。
運命の巡り合わせだったのかどうかは措くとして……終った……終わらせたんだ。
ゆなさん……僕……そしてまゆなが織りなした夕闇色の記憶は……
数年越しの因果を超え、逃れられない物語を織りなした。
そして……今度こそ、完璧に終わった。
自分の身の回りが、否応も無く変化してゆく中で……夕闇は、その曖昧なトワイライト・カラーをいつしか暗闇へと染め変え……漆黒の闇夜へと想いを深くしてゆく。
その最も深い闇へ、一条の光が差し込めば……それは煌めく夜明けへの魁。
すべてが……すべてが『縁』の織りなした物語。
『縁』が紡いだ『恩』を……『運』が運んで来てくれた物語に……『愛』は彩られる。
これからは、目の前の愛を……さゆりさんと娘への愛を、大切に生きて行くためにも……
夕闇色のすべてをもう一度……ゆなさんと、まゆなとの……
夕闇色の記憶に封じ込め……
永遠に……封じ込めて……。
夕闇色の記憶&その後……完……
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