夕闇色のその後・完結編 恩赦の章 あてもなく終わりゆくものを…

 『あの当時』……と、限定して良かったのであろうか……?

 高校3年生だった僕が、あの当時深く愛した、7歳年上の大学院生……ゆなさんからの……

 究極的とも呼べた……そして……哀しい恋の、末期に賜ったアドバイス……


「可愛くないなぁ……もっと……少しは自己チューに行動しなよ」


 そのゆなさんと……そしてまゆなとも、ほぼ同時期に決別した時期から8年後の1994年……

 『避けられない事情』にて再会したまゆな。


 そのまゆなに対して……

 今度こそ、そのゆなさんからのアドバイスを徹頭徹尾、実践し終え……

 否……僕的には『実践し畢んぬ』と、認識していたのだったが……


 冷徹にして残酷にもまゆなを帰した、1994年のあの夜から数えると……









 更に3年後……


 1997年……


 【夕闇色の記憶】の末期からであれば既に、11年後……。




 3年前のあの夜、正確には終わりには出来ていなかったが故に、継続してしまった『その事情』にて、まゆなには……




 『どうしても渡さなければならない物』が、発生し……



 3年前同様、彼女の実家へ……まゆなのお母さんへと連絡を取る。



「今、あの子も中野区に住んでいますから。ホントにもぉ……いつまでも、申し訳なかったですねぇ」

「いえそんな、僕の方こそ……」

「いいんですよ……あの子もやっとゴールインなんですから。これまで済みませんでしたねぇ」

「とんでもないです! 僕の方が……色々と助けて頂きまして、感謝しています!」

「まぁとにかく行って、会ってやって下さいね」

「はい……本当にありがとうございます」


 と、住所と電話番号と……詳細な経緯と現状等も、教えて頂けた。




 『その事情』が発生した当時、まゆなのお母さんからは毛嫌いされていた僕だったが……それまでの長年の経緯に拠り、恐らく『信頼関係』的なものが、構築されていたようだった。


 その前提で……

 「続いてしまったその事情」は、確かにその通りだったのだが、この時は前回……即ち3年前の時のように……『どんな交渉になり、どのような結果になるかも判らないにも拘らず、再会せざるを得ない』……ではなく……

 「こうなりました」との現状と、その経緯と結論をまゆなのお母さんから聞かされていたが故に……

 前回よりかは遥かに楽な気持ちとでも言おうか、寧ろ……『喜ばしい内容』を含んでいた再会ではあったんだ。




 それでも……3年間もご無沙汰な上で突然尋ねるわけにも行かず、アポの電話をするが……数日に渡って何度架けても、誰も出なかった。


 仕方なくアポ無しで、ある日その住所のマンションを訪ねると……男が出てきた。


 ああ……この人が、まゆなのお母さんの言っていた……。


「初めまして、薄川零と申します。失礼ですが、こちらにまゆなさんは……」

「ああ……はい」


 と、彼が特に警戒する風でもなかったのは……僕の件はお母さんから既に、彼には連絡が行っていたからなのだろう。


 ところが……呼び出されたまゆなは、彼からは「誰が来た」とは聞かされていなかった様子。


 玄関へ出てきた彼女は、僕の顔を見た途端……「ハッ!」と息を飲んだ。


 だが息を吞んだのはまゆなだけではなく……3年前と同じく、僕もだった。

 16歳で出逢い、そして別れたまゆなと……8年後に25歳で再会し……再度3年後のこの時は28歳。

 益々……益々綺麗になっていたまゆなに……息を吞んだのは、こちらの方だった。



 ただ、その美しさに惑わされている場合ではないことは、承知の上で続けた。


「あ……あの……突然ごめんね。一瞬で帰るから、心配するな」

「そ……それはいいけど……あぁあの……彼はね、その……ちょっと、もぉ! 待って! 私も出るから!」


 二人とも突然の現状に焦って、お互いにアタフタしてしまったのだろう。


 彼に聞かれたくないこともあったのか……玄関を飛び出し僕の腕を掴んだまゆなに、廊下の隅の方へと引きずって行かれた。


 どこか、息が荒い彼女。


「はぁ! も……もぉ…いきなり……お母さんも、教えてくれれば……」

「それは……悪かったよぉ。何回電話しても、出ないもんだからさ」

「あの……あの人はねぇ、えっとその、あのぉ……」


 どこか狼狽えているような彼女が可愛く思えて……先ずは落ち着いて欲しくて僕は、笑顔で伝えた。


「いいって。お母さんから聞いたよ。あの彼と、結婚するんでしょ?」

「え? あ……お母さんから? あぁ……うん……そう……そうよ!」

「そうか……良かった。おめでとう! 幸せになるんだよ! なんて……僕が言うのもヘンかな……」

「ううん! そんなことない……ありがとう!」


 僕がお母さんから諸々を聞かされていたことを理解した彼女は……少しは安心した様子だった。


「そんなに焦らなくても大丈夫だよ」

「え? それって……?」

「あのね……お母さんの話に拠ると、彼にはこれまでの事情は全部伝えてあるから……彼は何もかも知っているってさ。僕のことも含めて」

「そ……そうなの?」

「そうなのって……彼からは聞いてないの?」

「うん……あの人、そういうのを直ぐには話してくれないのよ……」


 そうか……彼本人からも聞いてないって……タイムラグ的な行き違いならいいけど、あの彼……大丈夫なのかな?

 まぁ……お母さんからの話の通りであれば、大丈夫なのだろうけど。



 でも……もうソコへは突っ込まない。

 確かに、ソコに関してまゆなが心配なのは本心だったが……

 この日の訪問は……『夕闇』の何もかもを、終わらせるのが目的だったのだから。


「ふ~ん……お母さんからも聞いてないの?」

「うん……お母さん、最近あんまり話せてなくて……でも、れいがそう言うなら安心した!」


 と……まゆなに笑顔が甦り、僕も安心したんだ。


「良かった! 改めて、本当におめでとう!」

「うん。ありがとう!」


「それにしても、あんなイケメンの彼……どこで見つけたの? エレベーター? アッハハ!」

「ちょ……もぉ! 違い……ますけど……」

「違うんだ……アハハ!」

「違うわよ!! 昔の話をぉ……あの時は……アハ! ごめんなさいね……フフッ!」

「それは僕も……若気の至りだったかな! アハハ!」


 二人の……そもそもの始まりとなった、あのエレベーターの件を、そんな風に笑って話せるような日が来るだなんて……。

 この時の二人は……今度こそ本当に、心の底から赦し合えていたのであろう。




 ところが……


 まゆなは知っていたのだった。


 ゆなさんが……あの後、どうなってしまったのかを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る