夕闇色のその後・完結編 決別の章 救いの手段考えても…

 完全に決裂してしまった、その夜のまゆなとの交渉。


 自分の心の中の……押し殺した8年前からの罪悪感が甦る。


 あの時、ああしなければ……あの時、ああしておけば……


 と……こんな状況にも拘らず心を過ぎるのは……目の前のまゆなとの過去の懺悔ではなく、またもゆなさんへの罪悪感だった。


 ゆなさん……あの時の僕はどうして……何故あんな判断をしてしまったのでしょうか……。

 あの時の……ゆなさんの『御赦し』に従い、そのまま甘えさせて頂けば良かったのに……。




 ただ……この現状でまゆなを目の前にして後悔しても、今更どうにもならない。


「可愛くないなぁ……もっと……少しは自己チューに行動しなよ」


 既にして実行に移していた、あの時の貴女からのアドバイスを完遂させるのは……今、正にこの時ですよね……ゆなさん。


 まゆなに対しては……敢えて『情け』を捨て……


 そしてゆなさんへ対しては……


 8年前の、捨てきれなかった『想い』……否、さゆりさんには申し訳ないが……この時点に於いても、常に抱き続けていた『後悔』とそして『恩』に報いて、その夜は……悲愴な決意を固めたのだった。


 即ちこの夜……

 まゆなの「一つ目」の要求に応じて、部屋まで送ってしまえば……送り届けた後、次はどんな要求が?

 更に次は……? そしてその次は……?


 もう、こんな『夕闇』は終わらせなければ……さゆりさんと、そして生まれた娘との将来のためにも……。

 そして幻となってしまった……ゆなさんに報いるためにも……。



 心を……鬼にするとは……こんな時のことを言うのか。



 まゆな……本当にごめんな。赦してもらえるかどうかは判らないが……


 もう……こんな『夕闇』は、終わりにしよう。




 結局その夜、まゆなは帰した。


 マンションの、一階の玄関まで送りもせず……二階の部屋の入口の扉で、たったひと言だけ……


「気をつけて……帰れよ」


 それでも彼女からの要求は変わらず…


「だったら……送って……」


 最後は……美しくも勝気な瞳でそう呟き……踵を返し、寂しそうに立ち去る彼女。




 その夜の僕は、不思議と冷静……否、冷徹だった。


 優しくしてはいけないこともあるという、何かを学び取り……直ぐさま実践したような……

 否、それだけではなく8年前……ゆなさんへと戻れなかった僕の過ちが、ゆなさんを幻としてしまった懺悔と、そんな彼女からのアドバイスに……

 正に報いるが如く実践出来た、そんな夜だった。


 ベランダへ出て、新青梅街道を横断して行くまゆなを……見送った。


 「バイクで送って欲しい」……それは誇り高きまゆなが、プライドを保てる唯一の『お願い』だったのかもしれない。


 結局……残った肝心な件で、はっきり『こう』と決まったことは……何ひとつ無かった。

 判っていたのは……「まゆなの要求を受け入れてしまっては、この8年間に渡った件は何も変わらない」ということだけだった。


 ゆなさん……これで僕は……貴女へと、少しでも報いることが、できたのでしょうか?


 ゆなさん……。







 翌日……小樽へ電話。さゆりさんへは、そのままを報告した。


「そう……。ご苦労様でした。決まらなかったんだ……」

「うん。申し訳ない」

「いいよ。この子も私も順調だから……早く会いたい」

「僕も会いたい。もうすぐだね」




 あっという間に迎える年末。

 大晦日の最終便でフライト。

 年末年始を小樽で過ごし、そして戻れば……1995年の新年。

 改めて、初めての『家族』という単位で、東京での暮らしが始まる。


 そこへ世間では……1月、阪神・淡路大震災。

 震災は免れた東京ではあったが……3月、地下鉄サリン事件。

 悲惨な出来事が相次ぎ起こり、世の中は激動の様相。


 自分達……僕とさゆりさんと共に、娘は順調に育ち……何も変わらないまま……

 勿論、まゆなとも会わないまま……


 そのまま……時は流れたが……




 夕闇色のその後は……








 まだ、終わってはくれなかった。

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