夕闇色のその後・完結編 決裂の章 セピアの幻が奏でる…
まゆなと再度会う約束の水曜日、首都高……魔のカーブにてトラックを横転させるという大事故を起こしたが……奇跡的に傷ひとつなかった。
その件をまゆなへも伝え、遅くなったので再交渉は延期と提案するも……まゆなは僕が無事かどうか、顔を見るまで信じないと言う。
そんなまゆなの強引さに圧されるがままに、その夜は……かなり遅くなったものの、予定通り中野駅の北口で会った。
怪我の無い点も安心してもらい、まゆなお勧めのエスニック料理屋さんへ。
事故当日だったが故に、中々本題に入れず……先ずは事故の話が始まってしまう。
「もぉ……なに考えてんのよぉ……」
「ごめん。今夜のこと、気になっててさ」
「ふ~ん♪ 私のこと、考えてくれてたんだ?」
「それは……そうだけど……」
「だってそうでしょ? 愛しい私のことを思えば、運転中も上の空って……アハハ!」
まゆな……もう……もういい加減……勘弁して欲しい。
「愛しい私」……それは8年前、まゆなは16で僕は18の高校生だった……あの頃の話だろう。
否、その当時……まゆなとの始まりの時点で、それさえも偽りだったと……判明済みだったのではなかったのか。
即ちあの夜……最初にまゆなが迫って来たエレベーター。
あの時点で既に、僕は大きな『過ち』を犯してしまっており……その後にも続いたまゆなへの献身は『偽り』であり……本当は……本当は、ゆなさんだけを深く愛していたという事実は……ゆなさんと最後に逢ったあの日に、その真相をゆなさん本人から叩き付けられた……あの『最後の日』に、確定していたんだ。
しかも……その『事実』をあの時点で、君も既に知っていたのだと……ハッキリと僕に告げて、僕を『捨てた』のはまゆな……君自身だったのではなかったのか。
それでも……それでも8年の時空を隔てて再会したまゆな。
あの頃のゆなさんと同じ25歳……オトナの女性へと、美しく成長したまゆなに圧倒されて……その場では、何も答えてあげられなかった。
愛しい私……運転中も……上の空?
どう……答えればよかったのか?
想い返せばあの頃……ゆなさんへの深い想いを押し殺して、まゆなにのめり込んでしまっていた頃には気付いていなかった僕の、心の底からの哀願は……
「ゆなさん……お願いだから……助けて……」
と……正に『ゆなさん依存症』だったんだ。
ゆなさん……僕は……今の僕は、どうすればいいの?
そんな想いが湧いてしまった僕は、8年間も過ぎ去った時点で未だに……『ゆなさん依存症』から、抜け切れていなかったのだろうか?
『ゆなさん依存症』……
それは……8年ぶりにも拘わらず、あの頃のまま……幼いままであったかのような僕を……『三度目の術中』へといざないかねないまゆなを目の当たりにしていたことを、言い訳にすれば出来たのかもしれなかったが……
違う……違うだろ!!
あの頃……まゆなのみならず、ゆなさんまでもを傷つけてしまった僕が……今更なにを……幻となってしまったゆなさんに、いつまで甘え続けているんだ?
ゆなさんとはもう、二度と逢えないのだから……。
本当にゆなさんへと報いる気持ちがあるのであれば、その贖罪のためにも……
元より……さゆりさんと娘との将来のためにも……
そうじゃないだろう!!
男なら自分で……自分で決めるんだ!!
まゆなのお母さんからだって……『お墨付き』を頂いているのだから。
そんな葛藤を続けつつ、まゆなからの話に相槌を打ちながら……
お店オリジナルのカリー料理は、まゆなのお勧め通り美味しかったのかどうか、味も判らないまま……やっと本題に入れた。
「まゆな……そんなわけでさ、今後どうするか……なんだよ」
「それはさ、れい……私だってわかってるけどさ……」
ここから……どうにもならない交渉が、やっと本当に始まったんだ。
最初からどうにも……ならない交渉が。
それでも、明るく振る舞って来るまゆな。
「だからぁ、その愛しいれいくんがさぁ……アハ! そんなこんなで、連絡して来てくれたのは嬉しかったよ!」
「愛しい私」だったのが、いつの間にか「愛しいれいくん」に……。
あの頃から「れい!」と常に呼び捨てだったまゆなが……この時は「れいくん」……。
それは……ゆなさん独占の呼び方だった……にも拘らず、まゆなからそう呼ばれたのはこの時が……8年ぶりのこの時が、初めてだった。
それはつまり……今でも「愛しいれいくん」なのか? それとも……からかっているのか?
それとも……『術中』へといざなうための……何かの伏線なのか?
そんな僕の困惑には関係なく……いよいよ『本気モード』に入り、攻めの姿勢で進めて来た彼女。
それまでの……それこそ「愛しいれいくん」とでも言いたげな潤んだ瞳から一転……少し睨みを効かせた視線で……
「けどさ……順序! ちょっと飛ばし過ぎてない? 娘さん生まれたって……予定の時点で、お母さんから聞いて初めて知ったのよ!」
少なくとも……からかっているのでは、なかったようだった。
「それは……ごめん。悪かったと……思ってる」
「まぁ……謝られても今更だけどさ。よっぽどのことをしないと……ん~、してもかな? 元には戻せないでしょうしねぇ……」
少なくともこの時点でまゆなは……「もう、元には戻せない」という点を、理解しているようだった。
なのに……何故、後にはあんな展開に?
それは……
その時にまゆなの思い描いていた展開と……
8年前のあの頃に僕が……ゆなさんから賜っていた『アドバイス』とが……
真っ向から、ぶつかったから……だったんだ。
「可愛くないなぁ……もっと……少しは自己チューに行動しなよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます