夕闇色のその後・完結編 再会の章 踏み外せば素敵でしょうね…

 【夕闇色の記憶】が……僕とゆなさんとまゆなとの『物語』としては終焉を迎えることになった1986年から8年後……


 1994年秋。僕は27歳。

 今の奥さん……さゆりさんは出産を間近に控え、北海道の実家に帰省していた。


 その状況での、まゆなとの再会。


 再度の「お断り」となるが……さゆりさんの留守を狙って、十代の頃の元カノと浮気をするような……そんな浮ついたお話では……


 決して無い。


 さゆりさんも諸事情をよく弁えており……


 すべてを知っている。




 そんな、さゆりさんもすべてを把握している……『まゆなとどうしても会わなければならなくなった事情』に拠り僕は、まゆなの実家へと連絡をとる。


 彼女のお母さんへ、その当時の住所と自分の連絡先を伝えた。


 重複するが、1994年である。

 スマホはおろか、携帯電話も普及する前の時代だった。


 その時のやり取りの中で最後に、お母さんからは……


「あの頃はあんな扱いで……本当にごめんなさいね……」

「いえ、そんな……お詫びするのはこちらの方ですから……」

「まぁ色々ありましたけど、もうあの子もオトナですから……れいさんも、今のご自身のことを優先して下さって構いませんからね」

「あ……はい。お気遣い、本当にありがとうございます」


 と……まゆなのお母さんからも、お墨付きを頂いたのか……。


 お母さんにとっては『現状を維持したかったから』なのかもしれないが、それはもう……


 僕にとっては……もう、どうでも良かった。




 翌日……まゆなからの、折り返し連絡が来た。




「れい? ホントに……れいなの?」

「うん……あの頃……以来だね。元気にしてた?」

「うん! 元気! お母さんから色々聞いたのよ!」

「そうか……今ね、中野区に住んでるんだ」

「じゃ、隣だよ。私は杉並区!」

「それじゃ、近くまで行くから。まゆなの都合に合わせるよ」

「ありがとう! そしたら場所は……」



 当時彼女が住んでいたのは、中央線沿線の荻窪駅近く。


 駅前まで出向き……


 8年ぶりの……


 再会だった。





 待ち合わせ場所で僕を見つけ、笑顔で小走りに近付いて来るまゆなは……


 あの頃のゆなさんと同い年の、25歳。


 距離が近づくほどに……



 え?……あれが……まゆな……?

 なのは……間違いないはずだが……


 僕へと辿り着いたと同時に……


「れい~! 久しぶり! また逢えたなんて、奇跡だね!!」


 そう言いながら、僕の両手を握りしめた彼女。


「……!!」


 僕が直ぐには返答できなかった理由は……まゆなが……彼女が、思わず息を吞む程に美しく成長していたから。

 あの当時……16歳にしてはとても色っぽく、グラマラスタイプだったまゆなが……そのままスリムに伸びたとでも言うのであろうか……美しい……本当に美しい、大人の女性になっていた。


 それはそうと……


 あの頃の、まゆなを傷つけてしまったのみならず、ゆなさんも含めて……子供じみた判断で、過ちを犯してしまった後悔の記憶が……否応なしに甦る。


 そして……目の前にいるのは8年ぶりに再会した、本当に美しくなったまゆなだというのに……何故?

 こみ上げて来たのは……ゆなさんへの申し訳なさだった。




 何故?……その理由は判っていたはずだったろう。


 あの頃の僕の本心を気付かせてくれたのは、事務所で最後に逢ったあの時の……ゆなさん唯一人だけだったのだから。


 「すべて捨ててきなさい!」との条件付きとは言え……更に過ちを重ねて来てしまった僕を再度、赦して下さったゆなさん……。

 にも拘らず、僕は……その「すべて」に、ゆなさんをも含めてしまい……彼女に戻ろうとはしなかった。

 そしてその後、幻となってしまったゆなさんへの……永遠の『贖罪』……。





 複雑な心境が入り乱れたとは言え、なんとか気持ちを……整理したつもりだった。





 改めて………改めて本当に、久しぶりだね……まゆな。


 そんな僕の戸惑う心境を、まるで見抜いているかのように……否、例に拠って見抜いていたのであろう……満面の笑みを捧げてくれたまゆな。


 そのまま……優しく、そしてさりげない仕種で、嬉しそうに僕に腕を絡ませて……


「今日だけ……今だけ許して……ね?」


 そう言いながら……上目遣いで縋るような瞳を投げかけて来る。


 そう……だったよな。

 彼女の……「今日だけ……今だけ許して」くらいの希望を拒絶する権利なんか、僕には……あの時以来、無いんだ。


 あの時……以来……。


 まゆな……あの頃の君は僕に……


「私も……れいのこれまでの色々、全部赦してあげるから……」


 と……言っていたよね。


 でも、今の僕は本当に……君から、赦してもらえているのだろうか?


 もしも……もしも赦されていないのであれば、そんな男に対して……こんな風に、腕を絡めて行ったりなどしないのであろう……

 そんな風に自分を納得させつつも、こみ上げて来たのは……やはり、まゆなへではなく……ゆなさんへの……


 罪悪感……だったんだ。

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