第10話 再戦

「怯むな、撃て!」

パンッパンッパンッ!

病院のエントランスを取り囲む蜘蛛型スパイダータイプの異神に対し、複数の警官が発砲している。

「種別【蟲】が3体か。あと1体、ヤバいのがいるはずなんだけど」

「先輩、ここはわたしが引き受けます。だから先輩は中にいる患者さんたちを助けてあげてください」

「わかった、あとはよろしく」

エントランスを突っ切って病院に突入した私は無線でサキに呼びかけた。

「サキ、避難してる患者たちの位置はわかる? だいたいでいいから教えて」

『病院裏手の非常口より患者と思しき集団を感知。警察官の誘導により、病院内部から退避している模様』

「なんだ、私の出番はなしか」

『待ってください……病院屋上に2つの熱源反応あり。ひとつは人間の未成年者、もうひとつは……異神種別【妖】、蝙蝠型バットタイプの異神と思われます』

「了解、すぐ行く」

猛スピードで階段を駆け上がった私は屋上のドアを開けた。

「ん……誰もいない?」

よく見ると、月あかりに照らされてうずくまる小さな影があった。

うさぎのぬいぐるみを抱いて見覚えのある花柄のパジャマを着ている。

私は、驚かさないようにそっと近づいて声をかけた。

「久しぶり。遅くなってごめんね」

女の子は恐る恐る顔を上げた。

その顔は恐怖から安堵に、そして涙へと変わった。

「もう大丈夫だからね。いっしょに帰ろ」

私は膝をついてめいっぱい両手を広げた。

女の子は抱えていたぬいぐるみを離して私の胸に飛び込んだ。

「アッヒヒヒヒッ。美少女戦士のおばさん、まだ生きてたんだ?」

聞き覚えのある声だった。

心臓の鼓動が早くなる。

私はイヤな記憶とともに声のほうを振り返った。

「なんで……マホリに殺されたはずじゃ」

そこにいたのは、漆黒のゴシックを纏った女コウモリだった。

「それはこっちの台詞。あんたこそ、あたしに殺されたはずじゃなかった?」

両手が小刻みに震えた。

あの時のトラウマがフラッシュバックして全身に悪寒が走った。

私は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。

「おばさん、怖いんでしょ? あたしに手も足も出ないまま、命乞いして逝っちゃったもんね。そのガキの前でもう一度だけ犯してあげるよ。あんあん喘いで気持ちよくなったところを殺してあげる。それが終わったら」

目尻まで口角を上げた異神はニチャアと嗤った。

そして、ゴシックを鷲掴みにすると一気に破り捨てた。

露出したのは、血管と臓器が剥き出しになったツギハギだらけの裸身だった。

「あたしをこんな姿にしたあの女を、八つ裂きにしてやる!!!」

ニチャニチャと笑っていた異神が憤怒の色を浮かべた。

私はその迫力に気圧されて今にも倒れそうだった。

手の震えが全身に及んで息が苦しい。

やっぱりダメだ。

今の私では、正義のヒロインは務まりそうにない。

そんな時、ガタガタと震える私の手を強く握る感触があった。

「美少女戦士のお姉ちゃん」

私は握られたほうの手を見た。

さっきまで泣いていた女の子が、強い眼差しで私を見上げている。

女の子は、その小さな両手で私の手をぎゅっと握って言った。

「がんばろ」

私の身体から震えが消えた。

さっきまで怖気づいていた心もどこかへ行ってしまった。

今ここで私が護らなかったら、この子は確実に殺される。

だから絶対に負けられない。

たとえこの命にかえても、私がこの子を護る。

「危ないから少し下がってて。大丈夫、すぐに終わるから」

私はいつものように深呼吸をして異神に対峙した。

腰に手を置いて人差し指をピッと向ける。

「この私がお前みたいな女コウモリに負けるわけないでしょ。なぜなら私は」

微笑した私は自信満々に言った。

「絶対無敵の美少女戦士だから」

「アッヒヒヒヒッ。おばさん、何もかも間違ってるよ。あんたは絶対無敵でもなければ美少女戦士でもない。あたしに命乞いして惨敗した……」

瞬間、女コウモリは私の耳もとで囁いた。

「死にぞこないのコスプレおばさんだ」

バックから羽交い締めにしようとする異神を跳躍でかわす。

「遅い、そんなスピードで私が捕まえられるとでも思った?」

そのまま回転して後頭部に膝を叩き込む。

「があぁぁぁぁぁあッ!!!」

つんのめった異神の羽根を掴んで思いっきり引きちぎる。

「ぎゃあぁぁぁぁぁあッ!!!」

私はのたうち回る女コウモリの顔面を踏みつけて質問した。

「ねぇ、誰が死にぞこないのコスプレおばさんだって? 答えろ」

「ま、間違えました。そんな人はどこにもいません」

「じゃあ、絶対無敵の美少女戦士は誰なの?」

「あ、あなた様です。あなたこそ、絶対無敵の美少女戦士様です」

「よし、あとは命乞いしたら許してあげる」

涙声になった女コウモリは、嗚咽しながら命乞いをした。

「ほ、本当に申し訳ありませんでした。い、命だけは助けてください」

私はブーツのスイッチをONにした。

青白い光が足もとを包む。

「は、話が違う。許してくれるんじゃなかったのか」

「あの時」

私はさらに強く踏みつけた。

「私を敗北させたことは褒めてあげる。これで1勝1敗。また、地獄で会おうね」

おとなしくなった異神は踏みつけられるブーツを掴んだ。

そして、自らの顔面にさらに強く押し当てた。

「決着つけてやる。地獄で待ってるぞ。お前が殺した同朋たちといっしょに、地獄で待ってるからな」

歯ぎしりをしながら吐いた異神の呪詛は、私の心に深く残響した。

私は女コウモリを見下して言った。

「噴射」

光の粒子は、あっという間に異神の頭蓋を消し炭にした。

女コウモリは叫び声ひとつ上げることなく絶命した。

「先輩!」

「マホリ、そっちはどうだった?」

「無事に避難完了しました。半径5キロ圏内はすでに無人になっています」

「ありがと。こっちも片づいた」

「では、わたしたちも一旦ここから離れましょう」

その時だった。

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