第9話 死地
港区は飯倉の交差点から半径5キロが業火に包まれていた。
鳴り響くサイレンに逃げ惑う人々、その間を中継用のドローンが忙しなく行き交っている。
「サキ、聞こえる? 異神を奇襲するから武器を飛ばしてほしい。それと、敵とマホリの位置も教えて」
『了解。現在、美少女戦士マホリは異神種別【妖】2体と東京タワー駐車場にて交戦中。異神は2体とも
「OK、ありがと」
通信を切った私はテスラを自動運転にしてガルウィングを開けた。
どっと風が吹き込んでポニーテールが揺れる。
ためらうことなくサイドシルを蹴って夜空にダイブ、ムーンサルトで東京タワーの尖塔に着地した時、燃えるような月が私を照らした。
「神さま、東京は命にかえても必ず護ってみせます。だから、どうか私に最後の力を与えてください」
きっともう生きては帰れない、そんな予感が脳裏をよぎった。
あのまま大人しく余生を過ごすこともできたのに、私は再び死地へと戻って来てしまった。
それでも、今の私には美少女戦士として生きる以外に道は残されてはいなかった。
大好きなこの街の人たちを、護って死ねたという事実だけ残ればそれでいい。
たとえ私にだけ、新しい明日が来なくても。
「よし、行くか」
大きく深呼吸をした私は東京タワーを一気にかけ降りた。
凄まじい回転で飛来する偃月刀を掴むと、そのまま急降下してさらにスピードを上げる。
そして、マホリと対峙する異神に狙いを定めた。
「俺たち2人相手にここまでやるとは大したガキだな。だが、これで終わり、だ……?」
一閃――。
無音で振り下ろされた偃月刀は異神の首を一刀のもとに切断した。
「ぶべぇぇぇぇぇえッ!!!」
鼻濁音を上げながら崩れ落ちる異神、噴水のような血しぶきが夜を染める。
「なんだてめぇ!!!」
地響きのような足音をたてながらもう1体が突っ込んで来る。
私は逆手に持ち替えた偃月刀を思いっきり振り上げた。
「ばべぇぇぇぇぇえッ!!!」
アスファルトを奔った切っ先は炎となって逆袈裟に胴を斬った。
まるで焚き火のように、異神は燃えて灰になった。
「先輩……」
私は偃月刀の血を振って声のするほうを見た。
そこには、1年前よりも成長した後輩の姿があった。
「久しぶり、元気だった?」
マホリは静物画のように固まって動かなかった。
少し潤んだ瞳は、天然記念物でも見るかのように私を見つめている。
そして、積もる話をすっ飛ばしたマホリは簡潔に言った。
「急ぎましょう。まだ、助けを待っている人たちがたくさんいますから」
職務に忠実なのはとてもいいことだった。
世間話など、生きていればいくらでもできるのだから。
「私が入院してた病院が異神に襲撃されてる。早く行かないと、みんなが危ない」
「もしかして、あの女の子まだ入院してるんですか?」
「さっきYouTubeでそれらしい子が映ってた。一応、避難はしてるみたいだったけど」
「じゃあ、もうひとつの願いも叶えに行きましょうか」
「なに、もうひとつの願いって?」
「べつに思い出さなくてもいいですよ。先輩が、美少女戦士としてあの子のそばにいてくれさえすればそれでいいんです」
私に腕組みをしたマホリは、まるで恋人のように先を急いだ。
やたらと、嬉しそうな顔をして。
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