第8話 呪縛

「はい、これ。おつかれ様」

退職の日、洗濯係のおばちゃんから紙袋を渡された。

中身は、美少女戦士のコスチュームだった。

「でもこれ備品でしょ? 貰っちゃダメなんじゃない?」

「それを着れるのはあんたしかいないよ。いつまでも、その衣装が似合うように体型を維持することだね」

何かを暗示しているような口ぶりだった。

何気なく発せられたこの言葉は、まるで託宣のように私の心に木霊した。

それから1年、私は現役の時と変わらずにジョギングをしてジムに通った。

もうアイドルみたいなことをする必要はなかったし、SNSも見なかった。

それでもなぜか、私は私のいない土曜日に向けて準備をしていた。

引退してからというもの、マホリの活躍を観ても素直には喜べなかった。

負けて引退したことが、今さら未練となって心を乱した。

さらに、退屈な日常がその思いに拍車をかけた。

もう何もしたくないと思っていても、何もせずにはいられない。

断ち切ったはずなのに、私はまだ美少女戦士の呪縛に囚われていた。

引退して1年が過ぎた土曜日の夜、私は気晴らしにコーヒーを淹れてソファに座った。

時刻はちょうど19時30分。

マホリの勇姿を観ようとYouTubeを開いた瞬間、大きな揺れがマンションを襲った。

私はコーヒーをこぼさないようにカップを両手で抱えた。

間髪を入れず、凄まじい雷轟とともに雷が落ちた。

私は咄嗟にパソコンのディスプレイを見た。

そこには、地獄のような炎に包まれた東京が映っていた。

ビルよりも高い火柱が無数に上がっている。

「マホリ……」

モニターで確認する限り、マホリは2体の異神と戦っていた。

いくら天才的な強さを誇る彼女でも、さすがに分が悪い。

その動きを追っていると画面が切り替わった。

映されたのは、患者たちが逃げ惑う病院だった。

その中に、見覚えのある顔が映った。

「あ、あの子だ」

異神に追い立てられる患者の群れに、私が入院していた時に出会った女の子がいた。

患者たちは警察が応戦しているおかげで一時的に避難はできているようだった。

だけど、このままではいずれみんな殺されてしまう。

あまりの絶望的な状況に、YouTubeのコメント欄も悲痛な投稿が増えていた。

そんな時、スマホの着信が鳴った。

「はい、月宮です」

『アカリさん、YouTubeはご覧になってましたか?』

オペレーターのサキだった。

1年ぶりに聞くサキの声は、私のノスタルジーを刺激した。

「観てたよ。大変なことになってるね」

『今、確認できるだけで6体の異神に襲撃されています。その内の3体は【妖】、あとの3体は【蟲】。それと、まだ未確認ですが、大気圏外に僅かながら異神反応が認められます。もしかすると、現時点での最上位属性である【妖】よりもさらに高位の異神かもしれません』

サキの息が切れているのがわかった。

私の知るかぎり、異神の襲来は多くても3体まで。6体の異神が同時に現れるなど、前代未聞の事態だった。

息を整えたサキは、声をふるわせながら言った。

『アカリさん、引退したアカリさんにこんなこと頼めた義理じゃないかもしれませんけど、最後に1度だけ助けてもらえませんか? 今の東京を救えるのは、もうアカリさんしかいないんです』

私は迷うことなく即答した。

「OK、わかった。今、着替えるから待ってて」

私は通話を切ってハンガーに手をかけた。

「まだ、似合うかな」

裸になった私は、コスチュームに脚を通してブーツを履いた。

髪は束ねてポニーテール、チョーカーを付けてティアラの位置を直してから手袋をはめた。

最後に、鏡でその姿を確認する。

10代のころに比べると大人にはなったけど、まだギリかわいい美少女戦士がそこにいた。

「サキ、聞こえる?」

『あ、はい。聞こえます』

「あと5分で到着するからよろしく」

『了解しました。あ、アカリさん』

「ん、どした?」

『無理を聞いてくださってありがとうございました。武運を祈ります』

「うん。こっちこそ、必要としてくれてありがとう。また、今度ゆっくり話そう」

ベランダに出た私は、飛行モードのテスラに乗り込んで『ムーンライト伝説』をかけた。

「最終回、いってみようか」

そして、炎上する魔界へとハンドルを切った。

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