第3話 17才
私がヒロインになったのは17才の時だった。
中野ブロードウェイの北口で、当時付き合っていた彼氏を待っていたら声をかけられた。
「制服似合うね。ちょっとお茶しよう」
彼氏かと思ったらおっさんだった。
猫背でヨレヨレのスーツ、小太りでハゲている。
「い、いえ、結構です。友達を待っているだけなので」
おっさんは手に持ったガイガーカウンターのようなものをしきりに気にしていた。
液晶ディスプレイの数値が激しく動いている。
「君に間違いない。報酬は払う、頼むから来てくれ」
おっさんは3万円を出してムリヤリ私に握らせた。
「いや、これ売春ですから。私そういうのやってないんで」
「異神のことは知っているね? そのことについて話がある」
異神のことは当然知っていた。
ここ半年、毎週土曜の夜になると必ず現れる謎の生命体。
東京のどこかに出現しては街を破壊して人々の生活を脅かす。
怪物、魔物、化物、呼び名はいろいろとあったけど、ある漫画家がSNSで『異神』と呼んだことからこの名前が定着した。
「私はしょうが焼き定食にコーヒーフロート、おっさんは?」
「焼きそばとビール」
中野ブロードウェイの2階にある『絵夢』に移動した私とおっさんは無言のまま料理をほおばった。
「学校は楽しいかね?」
ビールを半分ぐらい飲んだおっさんが私に聞いた。
「うん、まあまあかな。友達もいるし、先生もいい人っぽいから」
「ご両親は?」
「いない。記憶がないっていうか、私は気がついたら女子高生で、中野のマンションにいたの。嘘だと思うかもしれないけど本当だから。だからこれ以上、説明のしようがない」
「いや、嘘だとは思わない。君の言うことは全て信じる。あ、そうだ」
おっさんは思い出したように一枚の名刺を取り出して私に渡した。
「申し遅れました。わたくしこういう者です」
防衛省直轄異神対策特別本部
本部長
千葉マサル
私はおっさんの名刺をブレザーのポケットに仕舞って自己紹介をした。
「私は月宮アカリ、17才の女子高生。それ以外の何者でもないよ」
「興味があったらついてきてほしい」
勘定を払ったおっさんは、1階の商店街復興組合事務局の前で立ち止まった。
少し警戒するようにドアを開けて私を案内する。
奥へ進むとエレベーターがあり、乗り込むとそのまま下へと降りた。
扉が開いた。
そこには、ロボットアニメの乗組員のような制服を着た人たちが忙しなく働いていた。
案内されたのは誰もいない部屋だった。
照明のスイッチを押したおっさんは自慢げにそれを指さした。
「これを着て異神と戦ってほしい。正義のヒロインとして、東京を護ってほしいんだ」
そこに鎮座していたのは、かつて一世を風靡した美少女戦士のコスチュームによく似た衣装だった。
大きなリボンがついた胸のブローチに超ミニのスカート、きわどいレオタードがエロスを醸している。
「お断りします」
私はきっぱりと断った。
さすがに恥ずかしすぎる。
「こ、ここまで来て断るのか。やはり只者ではないな。そこをなんとか。この街の、東京の平和を護るためだと思って何卒ひとつ」
おっさんは薬師如来でも拝むように私に手を合わせた。
「ん〜、まぁじゃあ着るだけならいいかな」
おっさんに根負けした私はとりあえず着てみることにした。
「似合う! 美少女戦士そのものだッ!」
コスチュームを纏った私を見たおっさんは絶叫した。
私は鏡で自分の姿を確認した。
髪はライトゴールドのウェーブ巻き、色白で気の強そうな八頭身美少女だった。
「お給料とか出るんですか? ボーナスとかそういうの」
私は首のチョーカーを直しながらおっさんに聞いた。
「出る。月収1000万円、プラスグッズの売り上げとYouTubeの再生回数による収益の分配、その他メディア出演のギャラと夏と冬のボーナス、それと退職金もある」
「やります。いえ、やらせてください、長官!」
金に目がくらんだ私はおっさんの手を取って両手で握りしめた。
「おおっやってくれるか、ありがとう月宮くん。では、さっそく雇用契約書を……」
本当はお金なんかどうでもよかった。
正義のヒロインになれば、自分が何者なのかわかる気がした。
西暦2042年の8月、だから私は美少女戦士になった。
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