第2話 37歳
つい今しがた後輩から
「もうそろそろ引退してもらえませんか? わたしとしてもこれ以上フォローしきれませんし、だいたいお母さんとあんまり歳変わんない人といっしょだとやりづらいんで」
と言われた。
私はセーラー服を模したタイトなコスチュームを洗濯籠に放り込んだ。
素っ裸でベンチに座って扇風機をこっちに向ける。
「そうやって扇風機ひとりじめにするのもやめてもらっていいですか? 風、来なくなるんで」
2040年代生まれのルーキーは仁王立ちで私に言った。
彼女のコスチュームもすでに籠の中、キレイな裸だった。
「あのね、私だってべつに好きで疲れてるわけではないの。さっき異神と戦ったばかりで暑いから扇風機にあたってるの、わかった?」
「戦ったばかりなのは先輩だけじゃないんですけど。だいたいさっきだってわたしがいたから勝てたようなもんですからね。もうちょっと感謝してもらってもいいですか」
「遅刻してきたやつがエラそうに。お前なんかいなくてもあんなザコ余裕だったわ」
「はぁ? 半泣きで大股ひろげてビルにめり込んでたくせに何言ってるんですか。わたしが助けなかったら、先輩今ごろこの世にいませんよ」
最初、出会ったころの眼鏡はこんなに生意気ではなかった。
「はじめまして、今日から先輩のサポートをさせていただきます、日野マホリです。よろしくおねがいします!」
緊張気味のマホリはYouTubeで私の活躍を観てこの世界に入ったと言った。
そしてTwitterのフォロワーであること、私のグッズを枕元に置いて就寝していることなどを矢継ぎ早に語った。
彼女が私に憧れていることが痛いほどわかった。
それから半年、今では虫ケラでも見るような目で私を見ている。
憧れだったヒロインがこんなにも弱くてカッコ悪いのだから、それもしかたがないのかもしれない。
ため息をひとつ、私は扇風機をマホリに向けてバスタオルで汗を拭いた。
そして、ベンチに仰向けになってタオルで口もとを覆った。
「あ、そうだ」
私はバッグからスマホを取り出してYouTubeを再生した。
さっき戦った異神とのアーカイブ、案の定コメント欄は大荒れだった。
@pazqs・1分前
弱すぎわろたwww
@tokyla・3分前
情けなくて観てられん
@onaka・5分前
おばはんに税金つかうな
@hieru・8分前
もっとマホリンを映してほしい
コメントはざっと100万、そのほとんどが私に否定的な意見で溢れていた。
たしかに、今の私は弱い。
さっきだって、マホリがいなければ負けていたかもしれない。
だからさっさと主役の座を譲って引退すべきなんだ。
37歳の美少女戦士なんて、きっとバカげている。
私はYouTubeを閉じてスマホを床に置いた。
ふと、視線を感じてタオル越しにマホリを見た。
「何、どうしたの? 先にシャワー浴びてきな。汗くさいと美少女戦士失格だぞ」
何か言いたそうなマホリは、見知らぬ土地で知らない人に道をたずねるような口調で私に言った。
「先輩、なんで泣いてるんですか?」
驚いた。
今、私は泣いているらしい。
マホリは、そんな私の近くに来て非難と懇願の入りまじったような態度で話はじめた。
「わたしは先輩のサポートとしてここに来たのに、先輩はいつもひとりで戦ってわたしを必要としてくれない。さっきだってそう、わたしは遅刻なんかしてない。わたしはずっと先輩を待っていた。先輩が必要としてくれるのを待っていたんです。でも、先輩はどれだけボロボロになってもわたしを必要としてくれなかった。見るに見かねてサポートに入っても、ありがとうの言葉すらない。聞こえてますよ、たまにイライラして舌打ちしてるの。プライドでもあるんですか? 東京を、この街をずっとひとりで護ってきたプライドみたいなの。でも、先輩強くないじゃないですか。ひとりで戦えるほど、もう先輩強くないですよ」
マホリはスマホのディスプレイを私に向けた。
それは、大股をひろげてのびている私の画像だった。
「先輩がわたしのこと嫌いならそれでもいいですよ。でも、現実問題として、わたしがいなかったら先輩この街を護れませんよ。20年負けなしだかなんだか知らないけど、こんな醜態晒すぐらいなら、美少女戦士とかやめたらどうですか」
言い終わると、扇風機をこっちに向けたマホリは更衣室のドアをバタンと閉めて出ていった。
そしてすぐにガチャ、とドアが開いた。
「洗濯物とりにきたよ。あーあ、だいぶ汚れたねぇ。キレイにしておくから、またがんばって」
洗濯係のおばちゃんだった。
「いつもありがとう」
いいかげんノックぐらいしてね。
ベンチから起き上がった私は、満身創痍の身体を引きずって浴室にたどり着いた。
そして、熱いシャワーを浴びながら何度目かの自問をつぶやいた。
「いつまで美少女戦士やるんだろ」
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