シン・美少女戦士

夜拝

第1話 イントロダクション

「おい、今なんつった?」

「バ、ババアのくせに、なんて強さだ……って、言いました」

「ババアのくせには余計だったよね。さよなら」

「べぱあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」

飛び散る血と汗。

ぶちまけられた内蔵は、まるで世界地図のように地面に散った。

「ふー、これでだいたい片付いたかな。もう汗でびちょびちょ」

異神の頭蓋を粉砕した私はブローチをタップしてYouTubeを開いた。

視聴者はざっと1000万。

アンチのクソコメはあるものの、好意的な書き込みがほとんどだった。

最近は苦戦続きで炎上気味だったからとりあえずひと安心といったところか。

「にしても鬱陶しいなぁ。さっきからどこ撮ってんのよ」

お尻をアップで撮影する中継用のドローン。

こうでもしないと視聴者が増えないらしい。

じゃあってことでケツに食い込んだレオタードを指で直した。

「にしても、このコスなんとかならないかな。もう年齢的に厳しいんだけど」

それはセーラー服を元にデザインされたタイトなコスチュームだった。

なんでも昔流行ったアニメのオマージュとかで、上層部のおっさんたちの趣味で即決だったらしい。

こんなもんを着てとっくに三十路を過ぎた女が公務員で正義のヒロインをやっている国なんてきっとどうかしている。

「さて、さっさと帰ってシャワー浴びよ。その後はベッドで火照った身体を……」

『こちら中野基地。新宿副都心上空に異神反応あり。種別【魔】。30分後に異界ゲートレベル〘3〙開きます。至急、現場へ急行してください』

ジュエリーが光ってティアラが無線を知らせた。

オペレーターのサキが異神の襲来を告げる。

「了解、10分で行くわ。歌舞伎町タワーで迎え撃つ」

私はラジオ会館の屋上で天を仰いだ。

「イヤすぎて吐きそう。本当に帰りたいのに」

若いころなら余裕だった連戦も年々キツくなる。

大きなため息をついた私はブーツのボタンを押してモーターを駆動した。青い粒子が足もとを包む。

「あーあ、また残業か。しかたない、ちゃっちゃと終わらせるか」

イヤイヤながら、私は夜を飛び越えて新宿を目指した。

歌舞伎町タワーの尖塔に着地した瞬間、停電になった新宿は闇に包まれた。

「まだまだ帰れそうにないわね」

都庁の上空に降り注ぐ無数の遠雷。夜は、ゆっくりとめくれて一匹の異神が姿を現した。

「デカい……」

アラブの魔人を思わせるその巨体はゆっくりと闇の縁に手をかけた。

民家に侵入する熊のように新宿を睥睨する。

そして、ビルの上に立つ私と目が合った。

それを合図に、全長100メートルを超える魔人は私との距離を一気に詰めた。

「なっ、早い!」

ラリアット一閃。西新宿から歌舞伎町まで、思いっきり助走をつけた一撃は見事に私をとらえた。

「あッはあぁぁぁぁぁあんッ!!!!!」

彼氏とベッドの上でも出さないような声で私は飛んだ。

無数の雑居ビルを貫通した肢体はバルト9に激突してやっと止まった。

「痛ったぁ……」

肩倒立で開脚しながらコンクリートにめり込む正義のヒロイン。

ここぞとばかりに寄ってくる中継用のドローン。

こんな無様な姿を全世界に配信されるぐらいならさっさと引退しておけばよかった。

「あーあ、大丈夫ですか先輩。ものすごい格好してますけど」

股間ごしに私を覗き込むショートウルフの眼鏡ヒロイン、コスチュームは私と色違いのタイトなセーラー服だった。

眼鏡はドローンを抱えて半泣きの私の顔面を容赦なく世界に晒した。

「あんた今まで何やってたのよ。私がこんなにやられてんのにまた遅刻!? もういいかげんにしてよ」

「女子高生はいろいろと忙しいんですよ。勉強に恋愛、時間なんていくらあっても足りないんです。さぁ立って立って。早くあいつをやっつけないと、東京が壊されちゃいますよ」

眼鏡は開脚した私の足を両脇に挟んだ。

「ちょっと、何やってんのよ」

「いいですか先輩、技の名前はアドリブで行きますから、あとはカッコよく決めちゃってくださいね」

「だから何をどう決めるのよ。こんなズタボロの私をどうしたいの」

「あっそうだ、先輩の身体を治すのが先でしたね」

眼鏡はビルにめり込んだ私を強引に引き剥がして逆エビの体勢になった。

「ちょっと、何してんのよ。ねぇちょっと、聞いてんの。ねぇって、おい!」

「では行きます。サソリ、固めぇぇぇえっ!」

「うぎゃあぁぁぁぁぁあっ!!!」

バルト9の音響用マイクに乗った私の絶叫は、ドルビーサラウンドとなって全世界に響きわたった。

「ふぅ、これでよし。じゃあ先輩、本番いきますよ」

白目を剥いて悶絶する私。

かつて最強と謳われた美少女戦士の面影は、もはやどこにもなかった。

「もうやめて、死んじゃう……」

「正義のヒロインがこんなことで弱音を吐いちゃダメですよ」

クソ眼鏡は私の足を再び両脇に挟んだ。

「あんた私にトドメ刺そうとしてるでしょ。マジでやめて、お願いだから、ねぇ」

「いいですか先輩、技の名前はアドリブでいきますから、あとはカッコよく決めちゃってくださいね」

「だから何をどうカッコよく決めんのよ。私はボロボロなんだからあんたが戦いなさいよ、お給料もらってんでしょ」

「では、行きます!」

ジャイアントスイングでぶん回すクソ眼鏡、迫りくる魔人に向けて容赦なく私を投擲した。

「行ってこい、クソババァあぁぁぁぁあッ!!!」

「うわあぁぁぁぁぁあッ!!! 技の名前それかよぉぉぉぉぉおッ!!!」

勢いを保ったまま空中で体勢を立て直す私。

「しゃーない、やるか」

魔人の右ストレートをかわしてガラ空きになった心臓を狙う。

「よし、捉えた」

ブーツのモーターを駆動、光につつまれた私の身体はさらに加速して魔人の胸部を穿つ。

「もうちょい、貫通するまで……!」

「グオォォオォォオッッッーーーーー!!!!!」

心臓を突破した私はプリンスホテルに激突、異神は新宿4丁目の交差点で咆哮しながら砕け散った。

「……先輩、大丈夫ですか。ボロ雑巾みたいになってますけど」

新宿pepeの前で大の字になるかわいそうな私。

そんなかわいそうな私にクソ眼鏡がスマホを向けた。

「おい、それやめろ。こんなみっともない姿を撮るな」

カシャッ。

「これでまた先輩のみっともない姿コレクションが増えちゃいましたね」

そう言うと、クソ眼鏡は私をお姫様のように抱っこした。

「では、帰りますか」

「今日のインタビューは無しにしてね。マスコミの相手はしなくていいから」

「わかりました。こんな姿じゃ最強美少女戦士の威信に傷がつきますからね。あ、それと」

何かを思い出したクソ眼鏡は、ぐいっと顔を寄せて私に言った。

「そのティアラ、いつになったら譲ってくれるんですか? すでに人気も実力も、わたしのほうが上だと思うんですけど」

戦歴20年で無敗。

しかし、今年で38歳になる私は確実に老いていた。

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