第3話
俺は元座っていた席に座ることはなく、先輩の隣に座ることにした。そこには一人座って、カシスオレンジをちびちびと飲む先輩がいた。上から見下ろすと、うなじが見える。少し汗ばんだ姿も含めてなんだかエッチである。
「僕と一緒に飲んでください。」
「え、私とでいいの?」
「あ、はい。貴方とがいいんです」
「そ、そう?」
先輩は少し、困惑した表情を浮かべた。少し酔っているのか、いつものこわばった表情が抜けていつもの美しいという感じより可愛いという表現が似合いそうである。
少しの間、先輩に見とれていると少し不思議そうに先輩が首を傾げた。何それ、かわいい。語彙力のなくなってしまった俺はそんなことしか思わなかった。
「君、なんだか、私のところの後輩に似てる気がする」
「そ、そうですかねー。人違いと思いますけど」
「そう?私も飲みすぎたみたい」
そういって先輩は笑った。危ない。危うくばれるところだった。先輩だって後輩にこんなところにいることがばれたら気まずいだろう。俺は何が何でもばれてはいけない。
しかし、とりあえず、あのクズチャラ男からは話さなければいけないという使命を思い出した。
「名前って聞いてもいい?」
「私は望。たなかのぞみ。貴方は?」
「僕は、け…まさと。正人です」
「正人君ねー。覚えました」
そういって、楽しそうにニコニコと笑う田中先輩。この人は飲むといつもは見ることのできない笑顔を浮かべる。もしかすると、会社のほうは気を張っているだけでこちらの方が本性なのでは、と考えたこともあったがそんなことはないだろうとその考えは立ち消えに終わった。
しかし、その笑顔を知っているのは後輩である俺だけだと思っていたのにあのくそ男に見られたと思うと、腹が立ってきた。どうにかして先輩をほかの人に見せないということができないのだろうか。
そんなことを思っていたら急に先輩はしかめっ面をした。そして、先輩は俺の腕を握った。先輩に腕をとられたことにドギマギしていると、俺の顔の正面に赤みがかった先輩の顔が現れた。
「で、どーせあなたも可哀そうな私に同情して話しかけに来たんでしょー?」
「……へ?」
先輩の発言にあっけにとられてしまった。動揺して何の言葉も出ない俺に向かって先輩は少しだけ悲しそうな顔をして口先をとがらせながら、
「どうせ、私は面白くない女ですよ。いつも?しっかりしてて?つかみどころのない。可愛くもないし、愛想もない。モテない女ですよー」
そういって、カシスオレンジを一気飲みした。多分、先輩は酔っている。さっきの男に飲まされていたからだろう。正常な判断ができていないと思う。しかし、先ほどの先輩の発言が本音なのだとしたら俺は否定しなければならない。あくまで後輩として。
「いやいや、望さんはとてもかわいらしい人ですよ」
「そんなことないわよ。どうせ、あなたもお世辞でしょ。さっきの人にもそんなことは言われた」
「さっきの人と同じにしないでください。俺は本気で……」
って何言ってんだよ俺。これじゃ、本当に先輩が好きみたいになるではないか。別に嫌いでもないけど、好きというわけでは……。どうなんだ?
「じゃあ、私のこと、もらってくれるの?」
先輩は少し、落ち着いた声で俺に向かって呟いた。その姿はいやらしく、俺の頭を強く揺さぶったことはいうまでもないだろう。
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