第4話:孤独な狼

ファントムウルフの瞳をじっと見つめていた俺は、次第に何かが変わり始めていることを感じた。戦いから解放されたこの静寂の中で、ただのモンスターとは異なる存在がそこにいる。彼は敵ではない。それはもう、確信に変わりつつあった。


再び、頭の中にかすかな響きが広がる。


「……孤独……」


その言葉は、まるで霧がかかったように曖昧で断片的だったが、確かに俺の意識に届いた。


「孤独……お前が?」


俺は思わず問いかけた。だが、ファントムウルフは答えない。ただ静かにその赤い瞳で俺を見つめている。彼の目の奥には、深い何かが宿っているように感じられた。それは俺が今まで感じたことのないものだ。モンスターの目に知性を感じることなどなかったはずだが、この狼には確かに知性があった。そして、その知性が語りかけてくるのだ。


「……長い間、孤独に……戦ってきた……」


また、頭の中に声が響く。今度はもう少しはっきりとした言葉だった。彼の存在が、ただの獣ではないということを、俺に確実に伝え始めていた。俺は自然と剣を握り直し、けれども振るうことはなかった。


「お前……孤独に戦ってきたのか?」


問いかけるように口にしたが、返ってくるのはただの静寂。ファントムウルフは依然としてその場に立ち、俺をじっと見つめている。


「孤独……か……」


その言葉が俺の中で響いた。孤独に戦う。それは、俺にとっても他人事ではなかった。いや、むしろ、それは俺が選び続けてきた道だ。誰にも頼らず、誰の手も借りず、ただ自分の力だけで生き抜く。それが俺の信念だった。


俺は今まで、仲間を信じることを避けてきた。過去の経験が、俺にそうさせたのだ。かつて信頼した仲間たちが、俺を裏切り、見捨てた。その記憶が、俺の心に深い傷を刻んでいた。それ以来、俺は一人で戦うことを選んだ。誰にも頼らず、自分の力で生きること。それが、俺の強さを証明する唯一の方法だと思っていた。


「……俺も……孤独だ」


不意にその言葉が口をついて出た。俺自身、驚くほど自然に出た言葉だった。ファントムウルフを目の前にして、彼の存在が俺の心の奥底に触れ始めていたのだ。


「お前も孤独に戦ってきたっていうのか……俺と同じように……」


ファントムウルフは微動だにせず、ただ俺を見つめている。その赤い瞳には、深い哀しみが宿っているように感じられた。彼もまた、長い間、誰にも頼らず、誰の助けも借りずに戦ってきたのだろう。その孤独が、俺の心に共鳴していた。


「俺は……ずっと一人で戦ってきた。他人を信じることができない。誰かを信じたら、裏切られる。だから、俺は誰も信じないことにしたんだ……」


言葉が自然と溢れ出していた。ファントムウルフの無言の存在が、俺の心の奥にしまい込んでいた感情を引き出していた。彼の孤独が、俺の孤独と重なっていた。


「お前も、そうなのか?」


俺は再び問いかけるが、ファントムウルフはやはり何も言わない。ただその静かな瞳で俺を見つめ続ける。だが、その無言の姿勢が、何よりも雄弁に彼の心を伝えているように思えた。


頭の中にまた、断片的な言葉が響いた。


「……長い間……誰もいない……ただ戦うだけ……」


その言葉が、俺の胸に深く刺さった。


「戦うだけ、か……」


俺もそうだった。戦うことだけが俺の存在意義だと思っていた。強さを証明するために戦い、誰にも頼らず、孤独に戦い続ける。それが俺の生き方だった。だが、戦いを終えるたびに感じる虚しさは、一体何だったのか? その問いに、俺は答えを出すことができなかった。


ファントムウルフの存在は、俺にその答えを探るよう促しているかのようだった。彼もまた、俺と同じように孤独に戦い続けてきたのだろう。だが、彼はそれに満足しているのだろうか? それとも……俺と同じように、戦いの果てに何かを見失いかけているのだろうか?


「俺たちは……似ているのかもしれないな……」


その言葉が、自分でも驚くほど自然に出た。ファントムウルフは、その言葉に対して反応を見せることはなかったが、彼の赤い瞳は、俺の心の中にある何かを見透かしているように感じられた。


孤独に戦う者同士――そんな共感が、俺の中に芽生え始めていた。彼はただのモンスターではない。俺と同じように、戦い続けてきた存在だ。そして、その戦いの中で何かを見失いかけている。


「お前は……何を求めているんだ?」


俺は静かに問いかけた。自分でも、その問いが誰に向けたものなのか、はっきりとは分からなかった。ファントムウルフに対してなのか、それとも……自分自身に対してなのか。


頭の中に、再び声が響く。


「……誰もいない……ただ一人……」


その言葉が、俺の心に重くのしかかる。彼の孤独が、俺の孤独と重なり合い、そして次第に俺の心に変化をもたらし始めていた。


「俺も同じだ……」


俺は再び口を開いた。彼に対して、そして自分自身に対して。孤独に戦い続けてきたことが、何をもたらしたのか――それを、俺はようやく考え始めていた。


「俺は……一人で戦い続けることが正しいと思ってきた。他人を信じないことが、俺の強さだと……だが、お前を見ていると……何かが違う気がしてきた」


ファントムウルフは静かに俺を見つめている。その瞳には、俺の言葉を聞き入れるような光が宿っていた。


「お前も孤独だが……それは、本当に望んでいることなのか?」


俺は静かに問いかけた。その問いは、俺自身に向けたものでもあった。孤独に戦い続けることが、本当に望んでいることなのか――それを、俺はまだ答えられないでいた。


ファントムウルフの赤い瞳が、俺の問いに応えるかのように、かすかに輝いた。その瞬間、頭の中にまた断片的な言葉が響いた。


「……孤独は……望んでいない……」


その言葉が、俺の胸に深く刺さった。俺もまた、孤独を望んでいたわけではないのかもしれない。ただ、他人を信じることができず、孤独を選んでいたに過ぎないのだ。


「お前も……孤独が嫌だったのか……」


その言葉に、ファントムウルフは静かに頷いた。彼の瞳に映るのは、長い間孤独に耐え続けてきた哀しみと、そして俺に対する信頼の兆しだった。


俺は、少しずつ心を開き始めていた。彼の孤独が、俺の孤独と重なり合い、次第に俺たちの間に何かが芽生え始めていた。


「お前も……誰かを必要としていたのか」


その問いに対して、ファントムウルフはまた静かに頷く。


「俺も……そうなのかもしれない」


俺はそう言いながら、彼との対話を続ける決意を固めた。彼の存在が、俺にとってただのモンスターではないことは、もう明らかだった。彼との間に生まれたこの繋がりを大切にしようと、俺は心の中で誓った。


そして、俺たちは互いに孤独を感じながらも、その孤独を共有し始めていた。



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第2章完結まで1日2話ずつ更新となります。


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