第2話:幻影との攻防
深く息を吸い込み、俺は目の前の黒い狼に向き直った。その姿は、他のモンスターと比べても異質だ。巨大で筋肉質な体躯に、赤く輝く瞳。それは単なる獣ではなく、どこか知性を感じさせる異様な存在感を放っている。まるで俺を見透かしているかのような鋭い目つきが、じっとこちらを捉えている。
「こいつ……」
俺は警戒を強め、加速スキルの発動を意識した。これまで多くのモンスターと戦ってきたが、この狼からは何か得体の知れない圧力を感じる。何度も襲いかかるはずなのに、今はまるで俺を観察しているかのように動かない。それがますます不気味だ。
「いいだろう、まずは仕掛けてみるか……」
俺は加速スキルを発動し、一気に距離を詰めた。周囲の景色がスローに感じられ、俺だけが異次元の速さで動く。狼が反応する前に背後を取るつもりだった。
だが——
「なんだ!?」
俺の視界から狼の姿が消えた。いくら加速しているとはいえ、姿を見失うほどの動きをするモンスターなど今まで出会ったことがない。俺は咄嗟に後ろへ振り返ったが、そこにも狼の姿はない。完全に翻弄されている。
「速い……!?」
いや、違う。こいつの動きはただ速いだけじゃない。姿を消している。まるで幻影のように、俺の視界から消えてしまった。俺の加速スキルが意味をなさないのか?
再び周囲を見渡す。気配を探り、どこに潜んでいるかを感じ取ろうとした。しかし、どこにもその狼の存在を感じ取ることはできない。
「幻影か……」
こいつはただのモンスターじゃない。今度こそ確信した。普通の敵なら、俺の加速スキルに反応する前に倒せる。それがこいつは、俺の攻撃を予測しているかのように避け、さらには幻影のように姿を隠している。
「厄介な相手だな……だが、負けるわけにはいかない」
加速スキルをもう一度引き上げ、俺は慎重に狼の気配を探りながら次の動きを考えた。瞬間、またしても背後に気配を感じた。すぐさま振り向くが、そこには何もない。
「くそ……また消えたのか!」
まるでこちらを試すかのように、狼は姿を見せたり消したりを繰り返している。これではただの攻撃では決して届かない。
「だったら……俺も本気を出すまでだ」
再び加速スキルを発動し、限界までその速度を引き上げた。これが俺の持つ最大の力。通常のモンスターなら、この速度で一瞬のうちに決着がつく。だが、今は違う。この相手には、正確な動きと見切りが必要だ。
「行くぞ……!」
狼が姿を消す前に、次の一手を打たなければならない。俺は素早く地面を蹴り、一気に間合いを詰めた。その瞬間、かすかに揺れる影が視界の端に映る。そこだ。
「捕らえた……!」
俺は迷わずその方向に向かって剣を振り下ろす。だが、またしても剣は空を切った。
「なんだと……?」
狼の姿が消えた。いや、今度はただ消えたわけではない。俺の目の前で、あたかも分身したかのように複数の影が揺れ動いている。
「これが幻影か……!」
幻影が現れるたびに、俺の加速した視界の中でもその動きが読めない。どれが本物かもわからないまま、攻撃するタイミングを見失ってしまった。
「……ただのモンスターとは思えないな」
戦いが長引く中で、俺は次第に違和感を覚え始めていた。この狼、いや、ファントムウルフとでも呼ぶべき存在は、俺の攻撃をただかわすだけでなく、明らかに戦術的に動いている。まるで俺の加速スキルを理解しているかのように。
「加速は意味がないのか?」
何度もスキルを使い、限界まで速度を引き上げても、俺の攻撃が当たらないどころか、相手の動きを読み切ることすらできない。
「おかしい……何かが違う」
これまでのモンスターは、力や速さで圧倒すればそれで終わりだった。だが、この狼は違う。力で押し通そうとするたびに、まるでそれを予測しているかのように対応してくる。まるで、人間のような知性があるかのように。
「どういうことだ……?」
俺は少し距離を取って、呼吸を整えた。加速スキルを何度も使いすぎたせいか、全身が鉛のように重い。だが、俺の心の中には、それ以上に大きな違和感が広がっていた。
「ただのモンスターじゃない……そうだろ?」
俺の問いかけに答えるように、狼はまた姿を現した。そして、じっと俺を見つめている。その赤い瞳には、単なる本能的な殺意は感じられない。まるで、こちらの意図を見抜いているかのような、冷静な目だ。
「お前は……何者だ?」
この問いに、返答があるはずはない。だが、俺の中で確信は強まっていた。この狼は、他のモンスターとは違う。知性を持ち、俺の動きに合わせて戦術を変えている。
「ただのモンスターじゃない……」
その言葉が、頭の中で繰り返される。俺は、剣を構え直しながらも、戦い方を変えるべきか考え始めていた。力任せで倒せる相手ではない。むしろ、冷静さを保ち、この狼の意図を見極める必要がある。
「もう一度、加速……!」
俺は再びスキルを発動した。だが今度は、力任せの攻撃ではなく、慎重に相手の動きを探りながら近づく。幻影を避けるために、一瞬の判断が重要だ。目の前の動きだけに集中するのではなく、周囲のすべての気配に意識を向ける。
そして、ようやく——
「そこだ!」
狼の動きがわずかに遅れた瞬間を見逃さず、俺は一気に距離を詰めた。今度こそ本体だ。加速スキルを最大限に活かして、剣を振り下ろす。鋭い一撃が、狼の体を捉えた。
「……やったか?」
確かな手応えがあった。だが、狼は倒れない。かすかに傷を負っただけで、すぐに体勢を立て直し、またしても俺を見つめる。
「どうしてだ……?」
一撃で倒せなかったことに驚きつつも、俺は再び構えを取る。だが、狼は攻撃してこない。むしろ、その目には何か理解を示すような光が宿っているように見えた。
「……まさか、お前は戦いたくないのか?」
そんなはずはない。だが、俺の中で疑念が広がる。この狼は、何かを伝えようとしているのではないか? ただのモンスターではなく、俺と戦うことで何かを示そうとしているのか?
「わからない……だが、何かが違う」
戦いの中で感じた違和感。それは、今もなお消えない。こいつは俺を試しているのか、それとも——
「お前は、何を考えている?」
俺は再び剣を下ろし、狼を見つめた。そして、その瞬間、何かが頭の中に響いたような気がした。
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第2章完結まで1日2話ずつ更新となります。
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