第5話:無限の加速による代償
ダンジョンの最深部へと続く暗い道を進む。足取りはいつも通り、変わらぬ速度で歩いているが、胸の奥に広がる違和感が消えない。これまで何度も繰り返してきた「加速」。それは俺にとって無敵の力であり、どんなモンスターでも瞬時に打ち倒す絶対的な武器だった。
しかし、最近、その力を使うたびに、心の奥底に何か引っかかる感覚がある。言葉にはできない、何かが狂い始めているような予感。
モンスターたちは確かに強くなってきている。だが、それもいつも通りだ。加速スキルを使えば、敵の動きはスローに見え、あっという間に背後を取り、一撃で仕留めることができる。それが俺の戦い方だ。
けれど、どうだろう。ここ最近、俺は自分自身に負担をかけていることを感じ始めている。
「加速!」
声を上げた瞬間、世界がスローになる。巨大なモンスターの爪がゆっくりと俺に向かって振り下ろされるのが見える。その動きがあまりに遅く感じるから、冷静に避け、モンスターの背後に回り込んで一撃を加える。巨体が崩れ落ちる瞬間は、まるで儀式のように繰り返されるものだ。
「次だ……」
息をつく間もなく次のモンスターに目を向けたが、その瞬間、異変を感じた。視界が一瞬揺れる。軽い眩暈が頭を駆け抜ける。
「……なんだ?」
すぐに立て直し、敵を倒すことに成功したが、胸の中の違和感は残ったままだった。加速を解除し、元の時間の流れに戻ると、全身に重くのしかかる疲労感が襲いかかってくる。まるで鉛を抱えたような体の重さだ。
「これは……」
俺は自分の腕を見下ろした。筋肉が異常に張っているのがわかる。これまでにも疲れを感じたことはあったが、ここまで顕著に現れるのは初めてだ。加速スキルの影響が、俺の体に深刻なダメージを与え始めているのかもしれない。
加速スキルは強力だ。だが、使うたびに、肉体が通常の何倍もの負荷を受け続けていることに気づいていた。時間が加速する分、俺の体もそれに合わせて限界を超えた負担を背負っている。
それでも、俺は戦いをやめない。戦いをやめる選択肢はない。痛みや疲労など関係ない。俺は強さを証明し続けるために、加速を使い続けるしかないんだ。
次に現れたのは、巨大な蛇のようなモンスターだ。鋭い毒牙を向けてくるが、俺は冷静にその動きを見極め、攻撃をかわしながら致命的な一撃を何度も加えていく。
だが、戦いが長引くほどに、俺の動きが鈍くなっているのがわかる。加速スキルの使用回数が増すたび、体が限界に近づいているのが明白だ。心臓が激しく鼓動し、呼吸が浅くなり、視界が時折ぼやける。
「まだだ……まだ、いける……!」
自分にそう言い聞かせ、意識が遠のきそうになるのを必死で抑えながら戦い続ける。そして、ついにモンスターを倒すことに成功した。だが、勝利の瞬間、俺は膝に手をついてその場にしゃがみ込んだ。
「これが……加速の代償か……」
息は荒く、汗が額から滴り落ちている。全身が痛み、まるで全ての関節が軋んでいるようだ。数分間、俺は動けなかった。ダンジョンの静寂の中で、自分の体に蓄積された疲労が、加速スキルを使い続けた結果であることに気づく。
「……俺は、こんなところで倒れるのか?」
ふと、そんな思いが頭をよぎる。体力は限界に近い。もし次に戦いが続けば、この体が耐えられるのかどうか、俺自身わからなかった。
だが、それでも俺は立ち上がる。体がどうなろうと、俺には止まる理由がない。強敵を倒し、力を証明する――それが俺の存在意義だからだ。
「まだ、終わりじゃない……」
どれだけ疲れていようと、戦いを続けるしかない。俺には誰もいない。頼るのは自分の力だけ。それが俺の道だ。
再び歩みを進めるが、足取りは重い。これまでとは違う感覚だ。体の限界が迫っているのを感じながらも、俺はその現実を無視して前へ進む。いつかこの加速スキルが俺を破滅へ導くかもしれない。だが、止まるわけにはいかない。
「これ以上、誰にも頼ることはできない。俺には俺の力がある。それで十分だ」
自分にそう言い聞かせながらも、疲労と痛みが体を蝕んでいることは否定できない。無限に思えた加速の力も、俺の体には限界がある。
次なる敵が見える。俺は再び加速を試みようとするが、その瞬間、体が反応しなかった。呼吸が乱れ、頭がぐらつく。視界がぼやけ、足元が不安定になる。
「くそ……」
唇を噛み締め、何とか踏みとどまる。体が限界に達しているのはわかっている。それでも、俺は戦う。倒れるわけにはいかない。
「まだだ……まだ、終わりじゃない……」
その言葉を繰り返しながら、俺は再び加速し、次なる敵に向かって進み続ける。自分の体を酷使しながらも、俺は止まらない。証明するために、俺は前へ進むんだ。
だが、この道の果てに何が待っているのか――俺はまだ知らない。
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