第2話:加速の覇者

ダンジョンが突然現れた時、世界が変わった。人々は怯え、戸惑い、そして立ちすくんでいた。特に冒険者たちは、あの異常な空間に挑むべきかどうかで悩み、足を踏み出すことすらできない者も多かった。ダンジョンに潜むモンスターたちは、日常で見かけるどんな存在とも異なる、強大で恐ろしいものだ。


だが、そんなダンジョンを、俺は独りで進んでいた。


「また噂が広まってるか……」

俺のことが冒険者たちの間で少しずつ知られてきているのは感じていた。けれど、どうでもいい。加速の力を使い、圧倒的な速度で敵を無力化する俺の姿を、「加速の覇者」なんて呼ぶ連中もいるらしい。だが、そんな称号にも興味はない。


俺は今日も一人、ダンジョンの奥へと進んでいる。周囲の冒険者たちは遠巻きに俺を見ているようだが、そんなことにも気を取られない。狭い通路を進むたびに、足元で何かが不気味に蠢く音が聞こえ、壁に張り付いた異様な模様が目に入る。ここがどこか別の世界に繋がっていることは間違いない。


「……またか」


目の前に現れたのは、異形のモンスターたち。無数の触手を背中から伸ばし、鋭い牙を剥き出しにして咆哮を上げている。普通の冒険者なら、その場で恐怖に凍りつくだろうが、俺にとってはありふれた光景に過ぎない。


モンスターがこちらに襲いかかってくる瞬間、俺は淡々と一言呟いた。


「加速」


その言葉と共に、周囲の世界が一変する。モンスターの動きが遅く見え、すべてがスローモーションになったかのように感じる。だが、実際には俺が異常な速さで動いているだけだ。時間を支配する俺の力、それが加速の力だ。


一瞬でモンスターの背後に回り込み、拳を振り下ろす。鋭い風切り音と共に、その拳がモンスターに命中する。衝撃で巨体は吹き飛び、音が遅れて響く。周囲の他のモンスターも次々と襲いかかってくるが、俺が駆け抜けるたびに次々と倒れていく。戦いなど、俺にとってはほんの一瞬の出来事だ。


数分も経たずに、その場にいたモンスターたちは全て地面に伏していた。息一つ乱さずに、俺はその光景を見下ろす。


「つまらない」


胸の中で呟いた。どれだけ強力なモンスターが現れたとしても、俺にとってはただの障害物に過ぎない。加速の力を使えば、どんな攻撃も無力化でき、敵は一瞬で倒れる。戦いのリズムは常に同じだ。敵を見つけて加速し、一撃で終わらせる。それだけだ。


外では、他の冒険者たちが必死にダンジョンを攻略しようとしているらしい。だが、俺は誰の力も借りないし、誰かに頼ることもしない。一人で進む。それが俺の選んだ道だからだ。孤独な戦いを続ける中で、周囲の冒険者たちは俺を遠巻きに見ているに過ぎない。


「何を考えてるんだろうな、あの男は……」

「誰とも話さず、一人で戦い続けてるなんて……」


そんな言葉が聞こえてくることもある。だが、そんなこともどうでもいい。俺はただ、強さを証明するために戦っている。それ以外に何の目的もない。


目の前に現れた新たな敵。体長3メートルはある巨体を持つモンスターが、咆哮と共に俺に向かって巨大な拳を振り下ろしてきた。だが、その拳が届く前に、俺はすでにその場を離れている。


「加速」


再び世界が遅くなる。モンスターの背後に回り込み、拳を振り下ろす。その一撃で、モンスターは悲鳴を上げる間もなく倒れた。


「この程度か……」


倒れたモンスターの屍が積み重なっていくが、俺の心はどこか虚しさを感じていた。どんなに強い敵であっても、俺の加速にはついてこれない。それが事実だ。誰も俺のスピードには追いつけない。だからこそ、孤独を感じる。


「このまま、どれだけ戦い続ければいいんだ……?」


俺は心の中で自分に問いかける。強さを証明するために戦い続けることが、本当に俺の目的なのか。勝ち続けることに、何か意味があるのか――そんな疑問が、俺の胸を締め付ける。


ダンジョンの奥へと進むにつれて、モンスターたちはさらに強大になっていく。だが、それでも俺は進むしかない。この孤独な戦いを続けるために。誰かと共に戦うつもりはないし、誰かに頼ることもない。俺が信じるのは、俺自身の力だけだからだ。


「もっと……強い敵がいるはずだ」


そう呟きながら、俺はさらにダンジョンの奥へと進む。だが、俺はまだ知らなかった。この先で出会う存在、「ファントムウルフ」が、俺の戦いに大きな変化をもたらすことになることを。そして、それが俺にとって初めての「仲間」と呼べる存在との出会いになることを。

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