第43話 どこにもない墓標
(…………うーん)
青海はスマホとにらめっこしていた。
表示されているのは動画サイト。
見漁るようになってから、すでに2週間が経とうとしていた。
(どれだけ見られてなかったんだよ、過去のボク……)
探しても探しても、尻尾すらつかめていない。
(もしかして、別の動画サイト?)
この世界には、多種多様な動画サイトがある。
その中でも、青海が見ていたのは最も有名なサイトだ。
動画投稿者になると考えた場合、最初に候補に挙がるだろう。
だけど、過去の自分が本当に大手の動画サイトを選んでいた保証はどこにもない。
もしかしたらすごいニッチなサイトだったり、アダルト系を使っていたかもしれない。
(そう考えると、動画を見つけるのって無茶だよなぁ)
だけど、諦める気分にはなれなかった。
過去の自分を知りたかった。
なんで自分は海で倒れていたのか。
なんで全身に噛み痕がついているのか。
なんで妊娠していたのか。
過去の自分はどんな生活をしていのか。
どんな親の元で育ったのか。
どんな学校生活を送って、赤ちゃんの父親は誰なのか。
全部知って、受け入れないと前に進めない。
青海は、そう信じている。
(この金髪のミサンガが、導いてくれないかな)
実際、金髪のミサンガを作ってから、青海の状態で好転してきている。
表情が豊かになってきて、家事や育児を手伝ったり、少しずつ普遍的な生活に戻りかけている。
だから、最後の一押し。
記憶を取り戻せば――
「…………ぁ」
青海は息をするのを忘れるほど、衝撃を受けた。
目を留めた先。
自分の顔があった。
スマホのカメラじゃない。
動画サイトのサムネイルに、自分の顔があったのだ。
心臓が高鳴った。
再生すると、自分が踊っていた。
それだけ。
少し露出した服を着て、少し気だるげに振付を追っかけている。
よく聞くと、男の声が入り込んでいるのがわかる。
(声の主が、赤ちゃんの父親……)
そこまで考えて、ふとある疑惑が浮かんだ。
(いや、その前に、他人の空にかもしれない)
確かめるためにチャンネルのページに移動すると、最初に目に入ったのは最新の動画。
黒背景に白文字で、たった3文字が書かれていた。
――葵生へ。
ほとんど再生されていないし、コメントも全くついていない。
だけど、確実に動画は存在している。
(……葵生)
ひどく懐かしい響きだった。
(これが、ボクの本当の名前……?)
「あおい」
口に出すと、すごく馴染みがよかった。
ようやく、青海の中で疑惑は確信に変わった。
(ついに見つけた)
記憶喪失になる前の自分が撮っていた動画。
早速『葵生へ』を再生しようとしたけど、指が震えた。
(やばい。めっちゃ怖い)
いざというタイミングになって、恐怖が湧き上がってきた。
この動画を再生したら、必ず記憶を取り戻せる。
取り戻してしまう。
もう、後戻りはできない。
今の状況には戻れない。
最悪の場合、汐美の元にいられなくなるかもしれない。
(それでも……)
意を決して、指が伸ばそうとした瞬間、ヤンキー風の男の顔が浮かんだ。
「……けん」
自然と、言葉が出た。
言った後に、それが男の名前だと気づく。
ズキリ、と頭が痛んだ。
まるで鼓動しているみたいに、痛みが断続的に続く。
同時に、うっすらとした記憶を思い出していく。
「……そうだ」
まるで濁流のように、記憶が押し寄せてくる。
中学校の卒業式での、出会い。
高校での生活。
神様に出会って、女体化。
ケンと神メイトによる、体育祭での勝負
ケンの余命が1年しかないとわかると、どんどん沼に墜ちていった。
死に場所を探す旅をして。
体を重ねて。
学校も行かなくなって。
そして最後に、海に沈んだ。
ミサンガに視線を移す。
金髪で作ったもの。
その金髪は、魚やカニの中から出てきた。
つまり――
「……あぁ」
ケンは死んだ。
ケンだけが死んだ。
なぜか、青海――葵生だけが生き残った。
「なんでなんだよ……」
ケンは心臓の病気だった。
確かに、ケンよりも葵生の方が生存確率は高かっただろう。
だけど、葵生は納得できなかった。
「……ケン」
見ないといけない。
ケンが遺した動画を。
きっと、大切なメッセージが遺されている。
息をするのも忘れて、唇が渇いていく。
指がスマホに触れる感触もよくわからなかった。
『あ、ちゃんと映っているか?』
動画は黒い画面から始まった。
おそらく暗い部屋の中で撮っているのだろう。
しばらくすると、うっすらとケンの顔が映り込む。
(……ケンだ。ケンが、動いている)
当たり前のこと。
だけど、葵生の胸の中は感動でいっぱいになっていた。
『もし葵生がこの動画を見ているってことは、心中に失敗したのかな。えっと、この動画は心中する前日に撮っているんだ』
たどたどしくて、ぎこちない口調だ。
かなり緊張しているのが伝わってくる。
『この動画を撮っているのは、ちょっとした願掛けだ。葵生が生きていますように、と』
(……そうなんだ)
葵生はまばたきも忘れている。
『一緒に死ぬと言ってくれた時、本当にうれしかった。だけど、その気持ちだけで十分なんだ。言ってくれるだけで、生きていてよかったと思えた』
鼻水をすする音。
『葵生との生活は、18年という短い人生の中で、一番幸せな時間だった』
ゆっくりと頷く葵生。
『きっと、それは女になっても男のままでは変わらなかったと思う。女になってくれたおかげで、出来ることが増えたのは事実だが』
葵生はケンに抱かれる感触を思い出して、体を震わせた。
『とにかく言いたいのは、出会ってくれてありがとう、ってことだ』
浅い息を吐く葵生。
『もし君が生きているなら、ほんの少しでも幸せになることを願っている』
突然「あああああああ!」とケンが叫び出した。
『でも、忘れてほしくないなぁ。他のヤツと一緒になってほしくない。オレのことをずっと覚えながら、笑顔でいてほしい』
切実さがこもった声。
『……なんて、我儘だよな』
今すぐに泣きそうなほど、声が震えている。
『ん? どうしたの? ケン』
動画の中から、葵生の声が聞こえた。
寝起きのフニャフヒャ声だから、近くで寝ていたのかもしれない。
『い、いや。なんでもないんだ』
『そう?』
『そうだ葵生。大好きだ』
『何? いきなり』
『言いたくなっただけだ』
『そう。僕も大好きだよ』
『……ありがとう』
それから、動画の中の葵生が去っていく音が響いた。
『本当に幸せだ。じゃあな。元気でいてくれ。先にアッチで待ってる』
そこで動画は終わっていた。
「…………」
なぜか、葵生は涙は流せなかった。
目に溜まっているのに、こぼれてくれない。
頬を伝ってくれない。
「ケン。今までずっとありがとう。ゆっくりお休み」
きっと、まだ泣く時じゃない。
全然、ケンに顔向けできる生き方をできていない。
それにこれはお別れでもない。
未来へ。
新しい道を歩く、スタート地点に立ったんだ。
だから、今は涙を流さないように、上を向こう。
それであの世でケンに再会した時に、溜めた分を吐き出してやる。
そのために、生き続けてやる。
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