第42話 金色のミサンガ
「ふわぁ……」
階段を下りながら青海があくびをかくと、キッチンにいる汐美が「おはよう」と声を掛けた。
「おはよう。ねむい」
「どうしたの? 酷いクマよ?」
「昨日の夜、ずっと動画を見てたから……」
「また? まあ、それだけ元気が出てきたってことかしらね。あんまり夜更かしはしないようにね」
(怒らないんだ)
勝手にいたたまれない気分になった青海は、左手首をそっとさすった。
しばらく赤ちゃんを見ながら、朝食が用意されるのを待っていた。
だけど、さっきよりも居心地が悪く感じてきて、エプロン姿の汐美に声を掛ける。
「ねえ、ちょっと手伝ってもいい?」
「あら? どうしたの? いきなり」
「ちょっと体を動かしたくなっちゃって」
「気を遣わなくていいのよ? まだ体が大変でしょう?」
(汐美さんは、とってもいい人)
だけど優しさに甘え続けたら、自分が壊れてしまう。堕落してしまう。
汐美なしには生きられなくなってしまう、
そんな危機感が芽生え始めていた。
だけどそれを素直に伝える訳でも行かず、青海は少し考えた。
「役割があった方が生きやすいから」
汐美は一瞬、ありえないものを見たように目を見開いてから、優しく微笑んだ。
「それもそうね」
「……多分、料理できないけど」
「いいのいいの。そっちの方が教え甲斐があるわ。ちょっと待っててね。エプロンを持ってくるから」
それから汐美は、タンスの奥からエプロンを引っ張り出してきた。
汐美には似つかわしくない、キャラクターモノのエプロン。
(これ、娘さん――
ふと、リビングの隣から線香の匂いが漂ってきた。
浮足立っているせいで青海の表情に気づいているのか、汐美はネギを渡した。
「じゃあ、まずはネギを切ってもらえる?」
「うん」
青海は早速まな板の上に置かれた包丁を手に持って、ネギを切ろうとした。
その瞬間――
「ちょっとっ!」
「――っ!」
突然、腕を掴んで止められた。
汐美の腕が少し上がるのが見えた。
一瞬、殴られるイメージが脳裏をよぎる。
とっさに身構えたのだけど、優しく包丁を取り上げられるだけだった。
「ダメよ。包丁はそう持つんじゃないの。それじゃあ、人を刺す持ち方」
全く暴力性のない汐美の顔を見て、青海はハッとした。
「ごめんなさい」
「謝ることはないわよ。初めてで出来る人なんていないもの」
それから汐美に一から教えられた青海は、たどたどしくネギを切り始めた。
その姿を見て、汐美は嬉しそうに微笑んだ。
「私だって、母親に色々と教えてもらったのよ」
「母親……」
「もう両親とも他界しちゃったけどね。おおらかだけど、料理に対しては厳しい人だったわ」
過去を懐かしむ汐美。
その横顔を見て、青海は寂しそうに目を少し伏せた。
「それで料理が得意なんだ。煮着けや刺身はいつもおいしくて……」
「私の母親に比べると、私なんてまだまだよ」
「そんなに上手だったの?」
「全く手間暇を惜しまない人だったの。私は結構ガザツだから、ツメが甘いのよねぇ」
喋りながらも調理を進める汐美を見て、青海は『器用だ』と感心した。
「えー。そんな風にはみえない」
「ありがとう。でも、母親には一生及ばないと思うのよね」
「えー。ボクは外で食べたお寿司より、汐美さんの手料理の方がずっと好き」
「ありがとう。青海ちゃんの言葉はすごくうれしい。でも、母親にはずっと私が超えるべき目標になっていてほしいの」
「……目標」
青海が反芻すると、
「そういうものでしょう? 親って言うのは人生の目標なの」
「……そう、ですか」
なぜか、心の底では全く共感できなかった。
『親』という言葉に、どうしてもいいイメージを持てていない。
(ボクの親、どんな人だったんだろう)
直感だけど、ロクな人間じゃなかった気がした。
「どうしたの? 青海ちゃん」
「え?」
「酷い顔、してるわよ」
「……え?」
青海は全く自覚していなかった。
なんで酷い顔をしているのだうか。
簡単に予想がついた。
(汐美さんが本当の親だったら……)
口に出すのは怖くて、ごまかすためにネギを切り始めた。
だけど指を切ってしまって、血が出てきてしまうのだった。
☆★☆★☆★
青海は毎夜、動画サイトを見ている。
神様から、記憶を無くす前の自分を見つけるためのヒントをもらったから。
だけれど2週間続けても、尻尾もつかめていない。
「はぁ」
ため息を吐きながら、階段を下りる青海。
昨夜も収穫がなくて、朝からナイーブになっている。
「じゃ――――ん!!!」
リビングに入ると、とんでもなく明るい声が聞こえて、思わず嫌な顔をしてしまった。
すごくうれしそうな顔をしている汐美。
「ご近所さんから蟹をもらえたの」
「おお! すごい!」
見るだけでテンションが上がるほどに立派な毛ガニだった。
その日の夕食。
早速鍋にして食べようとして、調理を始めた。
もちろん
汐美に拾われて以降、最もテンションが高かった。
だけど――
「――っ!」
カニを開けると、中には髪の毛が入っていた。
キレイな金髪。
カニに髪の毛が入っている。
それはつまり、水死体を――
「この蟹は食べない方がいいわね」
「待ってくださいっ!!」
早速捨てようとする汐美を、
ここまで大声を出したのは、赤ちゃんを産んだ時以来かもしれない。
「どうしたの?」
「とっても、大事なものな気がするんです」
汐美は、すごく不思議そうな顔をした。
「髪の毛が?」
「はい」
「何か思い出したの?」
首を横に振る青海。
「だけど、この髪の毛をみているとすごく懐かしくて愛おしくて、胸が締め付けられるんです」
「……そうなの」
「じゃあ、ちゃんと」
それから毎日。
買ってきたりもらった魚介類に金髪が入っていた。
まるで、青海の元に集まっているみたいに。
1本。
1本。
1本。
かなりの数が集まってきた頃、青海は髪の毛を束ねて、よじり始めた。
糸になって、少しずつ長くなっていく。
そして完成したのは、キレイな金色のミサンガ。
遠目から見れば、人の髪の毛とはわからないだろう。
(うーん、いまいち)
汐美に手伝ってもらってもかなり不格好で、見るだけでも自分の不器用さに嫌気が差してしまった。
だけど、見ているだけでニヤけてしまう。
心の底から、じわじわと安心感が湧き出てくる。
(記憶を失う前のボクにとっては、とても大事な人なのかな)
手につけたミサンガをそっと撫でと、体の芯からじんわりと温まっていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
完結まで、残り3話
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます