第41話 夜に染みる神様②
(キラキラしていて、キレイだ)
夜。
青海は、海辺で星空を見上げている。
(書き置き残したから、大丈夫だよね)
汐美にはバレないように、家を抜け出してきている。
海に近づこうとすると、止めてくるから。
満点の星空。
まん丸なお月様。
しっとりとして、透き通った波の音。
緊張していた心が、解きほぐされていく。
(記憶をなくす前のボクも、同じ星空を眺めていたのかなぁ)
そう考えると、感慨深いものがあった。
しばらく夜空をぼんやりとみつめていると――
「お、やっとみつけました」
声が聞こえた。
小さい女の子みたいな高音。
だけど、まるで年寄りのように落ち着いた声音を持っていた。
「――っ!」
海の上。
月の下。
そこには、さっきまでは誰もいないはずだった。
青海はそう認識していた。
それなのに、当たり前のように人影がある。
見落とすわけがないほどに、かわいくて不気味な少女。
長い黒髪に、華奢な体。
宇宙のような不思議な瞳。
月明りだけでも光って見える、純白のワンピースに身を包んでいた。
「あなたは、誰ですか?」
「ふーん。なるほどですねー」
青海の質問には答えずに、近づいてくる少女。
「随分とつまらない人間になりましたね。君も」
「つまらない人間……?」
一瞬、カチリと頭にきた。
だけど、怒りよりも先に驚きが顔を見せる。
「もしかして、過去のボクをしってるの!?」
「知っていますよ。名前も住所も、どんな生活を送っていたのかも、なんで君が女の子の体に違和感を覚えるのかも。なにもかも」
「教えてくださいっ!」
青海は衝撃のあまり少女の肩を掴もうとしたけど、煙のようにするりと抜けてしまった。
「あなたは一体……?」
「特別な存在じゃないですよ? ちょっとした神様です」
「神様……?」
「そう。君の過去について知っている、ね」
「教えてくださいっ!」
鬼気迫る青海の表情を前に、神様はニコッと優しい笑みを浮かべた。
「イヤに決まってるじゃないですか」
「……え?」
徐々に、神様の口角が吊り上がっていく。
「なんで意外そうな表情をしてるんですか? 神様だからって、人の願いを絶対叶えるなんて道理はないですよ」
「何が欲しいんですか?」
「何もいらないですよ。強いて言うなら、喉から手が出るほどに欲しいものをお預けにされている人の表情ですかね」
神様は楽しそうにダンスを踊り始めて、青海はその光景を悔しそうににらみつける。
「じゃあ、なんのために来たんですか?」
「わからないんですか? 嗤いに来たんです」
「わらいに……?」
「楽しそうだったんで、わざわざ探しに来たんですよ。あ、お子さんは元気にしてますか? あー。そういえば、酷い後遺症があるんでしたっけ?」
「――っ!」
青海は衝動的に、神様に殴りかかろうとした。
だけど左腕の噛み痕がうずいて、思いとどまる。
「いやー。本当は赤ちゃんを産めない予定だったんですけどね。今の医療には帝王切開なるものがあるのを忘れていましたよ。自然分娩では絶対に埋めなかったんですけど」
「……あなた、本当に神様?」
「あら、そうは見えませんか? どこからどう見ても神秘の塊じゃないですか」
神様は自分の姿を見せつけるように、手を広げた。
たしかに神様じゃないと説明がつかない程に、キレイな姿をしている。
「神様は、そんな邪悪じゃない」
「何を言ってるんですか? 神様だからって善性を求めないでくださいよ。ワシはただ自由に生きているだけで、神様としての一生を楽しんでいるだけですよ。ほら、最近よく言うじゃないですか。多様性を尊重しましょう、って。神様の多様性も認めてほしいものです」
「何も教えるつもりがないなら、どこかに行ってください」
「えー。そう言われると、帰りたくなくなりますねぇ」
イヤイヤと首を振る神様。
(まるで、子供みたい)
実際子供の見た目をしているけど、中身は結構子供っぽい。
人の気を引くために悪戯をする子供。
青海の目には、そう映っていた。
「あなたは、寂しい神様だ」
青海の言葉に、神様は動きを止めた。
「はっ!」
次の瞬間には、「あはははははははははは」と愉快そうに笑い始めた。
「何で笑うの?」
「君は記憶を無くす前の自分と、ほとんど同じことを言ったんですよ? 面白くて仕方がないっ!」
ひとしきり笑うと、神様は自分の顔を粘度みたいにグニャグニャと変形させて、可愛らしい顔に戻った。
「ああ、そうだそうだ」
語り掛けられて、青海は身構える。
「インターネットで動画って普段見ますか?」
「いや、見ないけど……」
「じゃあ、見て見ることをお勧めします。君とワシと出会いって、動画撮影なんですよ」
「――っ!」
一瞬、心臓が痛いほどに高鳴った。
「本当?」
「まあ、真実かどうかと証明することはできませんね」
「……なんで教えてくれたの?」
「なに。楽しませてもらったお礼ですよ」
神様は小さな舌を出して、意地悪な笑みを浮かべた。
「じゃあ、満足したのでワシはもう行きますね。さようなら」
「さようなら。本当にありがとう」
青海が頭を下げる姿を見て、神様は目を丸くした。
数瞬後、口が酷くゆがむ。
「あははっ! 本当に気持ち悪いなぁ!」
小さな少女は耳に残るようなけたたましい笑い声を挙げながら、溶けたみたいに夜へ消えていくのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
完結まで、残り4話
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます