第34話 親になるって 来世って
テレビを見ていると、ドラマが始まった。
病気になった母親が、赤ちゃんを産む物語。
他にも様々な人間の感情やとてもハートフルな展開だった。
ケンはとっさに、隣でせんべいをかじっている葵生に目を向けた。
正確には、大きくなり始めているお腹に。
だけど、その命が産まれてくることはないし、本人には産むつもりもない。
ケンがチャンネルを変えようとリモコンを手に持つと、葵生が口で制止する。
「別に変えなくてもいいよ」
「オレが見ていられないんだ」
「何? 出産フェチ?」
「そんな特殊なフェチは持ってないっ!」
「それならいいけど」
それからしばらく、2人はテレビを見つめていた。
警察ドラマ。
今は女性のストーカーを追い詰めているシーンだ。
「ねえ、昨日僕のことをストーキングしてたよね?」
突然の指摘に、ケンは飛び上がった。
「……バレてたのか?」
「バレバレ。尾行下手すぎ」
完璧な尾行だと思っていたケンは、葵生の予想以上に傷ついた。
「……すまん」
「謝らなくてもいいよ。最初から気付いてたけど放置してたし」
「だったら言ってくれよ!」
「ごめんごめん。ストーキングを楽しんでるみたいだったから」
反論できなくて、口をまごまごさせるケン。
「それで、全部聞いてたんだよね?」
「ああ。あの、その……お前のお腹の子供は――」
ケンは言い淀んだけど、葵生は特に気にしていないみたいにコクリと頷いた。
「うん。十中八九、産まれてこない」
「……ひどい話だ」
今度は、首を横に振る葵生。
「確かにひどい話だけど、ちょっと安心した」
「安心?」
「僕は、人の親になれるような人じゃないから」
葵生は何度も言ってきた。
自分は人の親になれない。
それは決して冗談ではないのだと、ケンは改めて実感した。
「それは別の話だろ。誰でも、最初から親にはなれない」
「そうだね。だけど、僕はどうしても想像できないんだ。僕の目の前で、子供が笑顔でいる姿が。きっと殴ってしまう。怒鳴ってしまう。押し付けてしまう。僕がそうやって育てられてきたから。それ以外に、子供に対する接し方をしらない」
「……そうか」
下唇を噛むケンを前に、葵生は自分のお腹を優しくなでた。
「それに、こんな世界には生まれない方がいいよ。こんな地獄になんか」
(そんなの、ただの言い訳だろ……)
子供の命を、産まれる前に奪う。
子供の幸福を勝手に決めつけて、自分で選ぶ権利すら奪ってしまっている。
かなりエゴイスティックだと、ケンは感じていた。
「……オレの子供でもあるんだぞ」
「ごめんね。だからこそ、苦しんでほしくないんだ。まあ、僕の意思に関係なく生まれてこれないんだけど」
「なんていうか、本当に地獄だな。この世界」
「僕にとっては天国だけどね。ケンがいてくれるし」
ケンは複雑な気分になって、顔を背けた。
「なあ、子供に生まれてきてほしかないってことは、お前は生まれ変わりたくないのか?」
「そうだね。この世界から消えたい」
「オレと、また出会えるとしてもか?」
目元が優しくなる葵生。
「そうなったら、いいかもね」
「…………絶対に、来世で会ってやるからな。それで、今よりもずっとずっと愛してやる」
「男でも、女でも?」
「当たり前だ。付き合い方が少し変わるだけだ。気持ちは変わらない」
「そうなんだ。うれしい」
葵生は生暖かい息を吐きながら、自分の胸をそっと撫でた。
「ケンの気持ちは嬉しいよ。でも、幸せな来世が想像できない」
「……幸せな来世」
「殴らないし、ちゃんと働く父親。十分なお金があって、将来が本当に青空みたいに透き通った人生」
今の世界が苦しい理由が、全部取り払われた来世。
「でも、そこに僕がいるのに違和感を感じるんだ。僕だけが異物に見えてしまう」
「異物だなんて……」
「どれだけ幸せな環境で生まれ変わっても、僕が自分の手で壊してしまうかもしれない」
「そんなこと、ないだろ」
「ないかもしれないし、あるかもしれない。でも、自信がないんだ」
「葵生は大丈夫だよ。もう、ずっと暴力をふるっていない。逆に、オレが噛みまくっているぐらいだ」
「そうだね。ケンは僕の体を噛まないとたたない変態だから」
「そうしたのは、お前だろ」
「ははは。そうだね。そういうケンが好きだよ」
ケンが渋い顔をすると、葵生がクスクスと笑った。
「ケンとしか一緒にいないから、暴力を振るうこともないんだと思う」
「それで、十分だろ」
「ごめんね。これじゃ、まだ自分を信用できない」
「あーあ。世界がケンになればいいのに」
ケンはどう返していいのかわからず、音につられるようにテレビに視線を移した。
画面内では親が子供を抱きしめていて、感動的なBGMが流れている。
「なあ、葵生の父親、少し見に行かないか?」
「なんで?」
「生きているかぐらいなら、確認しておいた方がいいだろ」
しばらく、テレビの音だけが響き続けた。
「ケンは、そうして欲しいの?」
とっさの思い付きだったから、ケンは曖昧にしか答えられなかった。
「ケンは自分の親と話さなくていいの?」
苦虫を噛み潰した上に、ハチに刺されたような顔をしたケン。
「少し前に、連絡した。だけど、無視されたよ。完全に興味を無くしているんだろう」
「……そうなんだ」
葵生は下を向いて、じっくりと考え始めた。
「……行くかぁ。和解する気も、許す気も全くないけど」
「え!?」
「なんでケンが驚いているの?」
「本当に受け入れるとは思っていなかったから……」
「なんとなく、必要なことな気がするんだ」
そう言った葵生の顔は、どこか青ざめていた。
もしかしたら、かなり無茶をしようとしているのかもしれない。
「ケンもついてきてくれるよね?」
「もちろんだ」
少し厚めの服に着替えて、2人は葵生の実家に向かうのだった。
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