第33話 妊娠するとしか言ってないよ?

(あやしい)



 ケンは訝んでいた。

 学校をサボりはじめて、すでに2か月が過ぎている。


 まだ、葵生のお腹は大きくなっていない。


 この2か月間、ずっと一緒にダラダラとしていた。


 それなのに、葵生が1人で外に出ると言い始めたのだ。


 今まで、全く外に出たことがなかったわけではない。

 買い物に出かけることはしばしばあった。

 だけど、それはいつもケンが一緒で、1人でどこかに行きたいと一度も言ったことがなかった。



(絶対何かある……っ!)



 ケンの脳内には、最悪の想定が次々と浮かんでくる。



(オレ、飽きられてないか!? 嫌われてないか!?)



 毎日毎日、同じことの繰り返し。

 実はマンネリを感じさせてしまっていたのではないだろうか。

 自分に飽きてしまったのではないか。


 笑顔の裏は、ずっと乾いていたのではないか。


 もしかしたら、とっくの昔に嫌われていたのではないか。



(もし、オレ以外の男に会いに行くんだったらどうしよう……)



 もし目撃してしまったら最後。

 心臓発作でオサラバするかもしれない。


 ケンは不安に駆られながらも、葵生のストーキングを続けた。


 葵生は迷うことなく進んでいき、ある場所へ向かって行く。



(包根神社だ……)



 葵生が女になった場所。

 ここに男がいるわけがない。

 ホッとする反面、ケンの頭の中は疑問符でいっぱいになった。



(今更ここに来る用事ってなんだ?)



 今度は困惑で胸がいっぱいになりながらも、葵生の背後についていく。



「おい、いるんだろ?」



 ドスの利いた葵生の声が、地響きのように伝わった。


 すると、次の瞬間には幼女が姿を現した。

 葵生を女に変えた神様だ。



『ん? どうしたんですか? ご懐妊のご挨拶?』

「違う。訊きたいことがあってきた」

『なんですか? あなたのためならなんでも答えてあげますよ?』



 神様は人懐っこい笑みを浮かべたけど、葵生は嫌悪感むき出しだ。



(訊きたいこと?)



 ケンは神社近くの木の陰に隠れながら、必死に聞き耳を立てている。



「なんで僕を女にしたんだ?」

『なんだ。そんなことですか。面白そうだったからですよ。それに、あなた達のためにもなったでしょ?』

「ああ。多少なりとも感謝してるよ」

『もう男に戻れないみたいですね』

「……別に、戻るつもりはなくなったから」

『残念。男に戻ったら、この1年間のこと、すっかり忘れたんですけどね』

「……は?」



 とても冷たい声だった。



『だって、体が元に戻るんですよ? 記憶を司る脳細胞だって体の一部です。そこだけ元に戻らないのはおかしいじゃないですか』

「……おちょくりやがって」

『神様ですからね。人間で遊ぶことぐらいしますよ』



 神様は、まるで生き物に遊ぶ類人猿のような笑みを浮かべた。

 葵生は殴りかかろうとしたけど、腕に着いた噛み痕を見て思いとどまる。


 一旦深呼吸をした後、再度口を開く。



「お前、僕は確実に妊娠するって言ったよな?」

『そうですね』

「そういう体に作ったって」

『ええ、間違いなく作りました。だから、アナタは妊娠しているんですよね? あなたのお腹からは新しい命の息吹を感じますよ。余程愛しあったんでしょう。想像するだけでも、虫唾が走ります』

「だけど、『出産できる』とは一度も言っていないよな?」



 神様は一瞬、目を丸くして固まった。

 そして、とても恍惚な表情で葵生を見つめ出した。



(どういう、意味だ?)



 ケンは理解できていなかった。

 いや、理解するのを無意識に拒んでいるのかもしれない。



『やっぱり、君とはいい友達になれそうですね』

「そうかよ。好きにしろ。どうせもう会うことはない」

『これが今生のお別れですか?』



 寂しそうに口をとがらせる神様。



『そうですか。君はそういう選択をしたのですね』

「ああ、そうだ」

『死ぬのが怖くないはないのですか?』

「ケンがいるから怖くない」

『ああ、いいですね』

「お前は怖いのか?」

『ああ、怖かったですよ。怖かった。だから、こんな姿になっているんです』

「お前、寂しそうなヤツだな」

『そうですよ。ワシは寂しい神様です』



 葵生の目が、さらに軽蔑の色に染まっていく。



「じゃあ、さようなら。もう会いたくもない。クソ神様」

『ああ、さよなら、親友』

「はっ!」



 鼻で嗤った葵生は、大きな足音を立てながら神社から去っていき、ケンは数瞬遅れて追いかけるのだった。




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また更新が遅れて申し訳ございません

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