第30話 花火で焼き付ける
海が黒く染まっている。
キレイなお月様に見守れている中、ケンと葵生は奇声をあげながら花火を振り回していた。
あまりにも疲労と睡眠不足が溜まりすぎて、深夜テンションに入っているのかもしれない。
バカみたいに遊んだ後、冷静になって線香花火に火を点け始めた。
「葵生、火をくれ」
「ヤダ」
「なんでだよ」
「この火は僕のだから。自分で新しくつければいいでしょ」
「こういうのは、分け合うものだろ」
「ヤダ」
断固拒否されて、ケンはしょんぼりしながらライターで火を点けた。
「線香花火って、よく見るとキレイだよね」
「そうだな。風情がある」
「出た。風情。よくわかんない言葉ナンバーワン」
「そんなによくわからないか?」
「辞書で調べても、風流とか趣とか。抽象的すぎるでしょ」
「まあ、そんな具体的な感覚じゃないからなぁ」
「いくら考えても意味がわからない。もっと具体的に言語化してほしい」
「あー。難しいな」
ケンは線香花火が落ちるまでの時間、考え続けた。
「エモいってことだよ」
「いや、絶対に違うでしょ」
「だよなぁ」
風情。
風のような感情。
意味がわからない。
きっと、儚いものを切なく思う感情なのだろう。
だけど、それが切ないのか、美しく感じているのか、はたまた嬉しく感じているのか、表現することが出来なかった。
喜び。
悲しみ。
怒り。
楽しみ。
諦め。
驚き。
恐怖。
嫌悪。
どんな感情にも、あてはまらないのだろうか。
何回も線香花火が消えるのを眺めても、答えは見つからない。
「まあ、感情の事なんて考えても仕方がないか」
「そうだね」
雑談している間にも、最後線香花火が落ちていく。
葵生は落ちる寸前の線香花火を握りしめて、自分の手のひらに小さなヤケドを作った。
それに気付いていないのか、ケンは重い体を動かして、バケツを持った。
「さて、片付けるか」
「えー。花火の片付けしなくていいじゃん」
「ダメだ。ここで死ぬんなら、なるべく汚れてない方がいいいだろ?」
「たしかに……」
渋々とった様子ながらも、葵生は手伝っていく。
淡々と片付けを終わらせて、帰りの準備を整え終わる。
「ねえ、ケン。この後、どこに行こうか」
「そうだなー。もう死に場所は見つけたし、帰ってもいいかもな」
「一応、まだ暫定でしょ。もっといい場所があるかもしれない」
「ああ、確かに」
(つまり、まだこの旅を続けたいってことだよな)
自然と、ケンの口角が上がっていく。
「夏休みって、あと何日だ?」
「まだ半分ぐらいだね」
「じゃあ、今度は川にでもいかないか? 大きな橋があるところ」
「いいね。自殺と言ったら、みたいな場所だ」
次の行先は決まった。
だけど、2人は同時にあくびをかく。
「その前にさ、ラブホで休まない」
「……さすがにもうセックスはしないぞ」
「僕も……。流石に疲れた。とにかくベッドで寝たい」
ゆっくりながらも、足を動かし始める。
「もうひと頑張り」
「おー」
ケンと葵生はヨロヨロになりながも、肩を寄せ合ってラブホテルに向かうのだった。
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