第29話 夏の海は噛み痕がいっぱい
「「ふわぁ~~~」」
閑散とした無人駅にて、ケンと葵生のあくびが重なった。
昨日までと比べて、2人の距離が明らかに近い。
だけれど、今すぐに寝落ちしそうなほどに、まぶたがウトウトとしている。
「昨日、ヤりすぎたな。気怠い。眠い。しんどい」
「……こっちは全身が痛いんだけど。ケンにメチャクチャ噛まれるし、がっつかれるし」
「すまん。調子に乗りすぎた」
「別にいいけど、今度からは体力の配分考えないと」
「ああ、わかった」
2人の疲れ果てた姿を見て、高校生と思う人はいないだろう。
しばらく無言で睡魔と戦っていると、たった2両しかない電車が駅にやってきた。
「お、やっと来た」
「足動かない。ケン、おんぶして」
「荷物がいっぱいで無理だ」
「ケンがおんぶしてくれないと動けない。全部ケンのせいだから」
葵生は手を広げて、おんぶをねだり始めた。
「ムリなものはムリだ」
「えー。ケンのくせに生意気だ。僕で童貞捨てたクセに」
「ごほっ!」
ケンは勢いよく咳き込んだ後、怒ったみたいに眉を釣り上げる。
「この電車逃したら、次は5時間後だぞ」
「え? 嘘でしょ?」
日々刺された時刻表を見て、
あまりにスカスカだ。
「……冗談言ってる場合じゃないね」
葵生は大人しく、自分の足で電車に乗り込んだ。
電車でも睡魔との戦いになり、
電車を降り、バスに乗り継ぐ。
30分ほど揺れていると、目的地に着いた。
砂浜に海。
シーズンなためか、人でごった返している。
全国的に有名なビーチだ。
「じゃあ、水着に着替えるか―」
「お、葵生の水着姿を見られる」
「ちなみに、どんな水着だと思う?」
葵生の挑戦的な顔を見て、ケンはアゴに手を当てて考えた。
「……どうせ、学校の水着だろ」
「お、当たり。残念だったね。」
「舐めるな。オレはスクール水着が一番大好きだ。ビキニより好きだ」
「え、変態じゃん。そこはかとなくキモイ」
「別にいいだろ。スクール水着についてなら、2時間は語れる」
「語らなくていいから」
葵生はうんざりした顔をしながら、更衣室へと向かっていった。
ケンはさっさと水着に着替えて、葵生を待つことにした。
(なんていうか、世の中って魅力的な女性がいっぱいいるんだな)
周囲の女性を見ていると、様々な体型の
大胆な格好をしている人たちは、みんな自分の体に自信があるのだろう。
ケンの視線は自然に、巨乳の谷間へと吸われていく。
(いやいや、オレには葵生がいるし)
そう考えていても、おっぱい星人の
数分後。
スクール水着姿の葵生が、普通に歩いてきた。
「ケン。いい感じに焦らされた?」
「焦らしてたのかよ」
「まあね。あんまり安売りするものじゃないかなって」
「うん。かわいいぞ」
「本当に思ってる?」
「かわいいよりエロいが勝ってる。ハジメテの後に水着を見るもんじゃないな」
「まあ、うん、それはわかる」
2人は微妙な雰囲気に包まれて、お互いにモジモジ
だけど、ケンは突然ハッとして、葵生の腕を引っ張り始めた。
「ちょっといいか。葵生」
「なに?」
「人気のないとこに行こう」
「え? 正気? こんなに疲れているのに」
「違う。そうじゃない」
「じゃあ、嫉妬とか?」
ケンは首を横に振った。
「それも違う。お前、全身噛み痕だらけだから」
「ケンがつけたんじゃん」
「周囲からの目がヤバイ」
ニヤニヤ顔を葵生から向けられて、ケンの眉間の皺が濃くなった。
「えー。いっぱい見せつけたいんだけど。いっそのこと、いっぱい人がいる前で噛んでほしいなー」
「勘弁してくれっ!」
ケンが叫ぶと、愉快そうな笑い声が響いた。
早速人混みから離れて、ビーチの端へと移動した。
それから、ゆっくりと海で泳ぎ始めた。
だけど。
30分もすると飽きて砂浜に戻ってきてしまった。
「うーん。遊ぶ方法はいくらでもあるはずなんだけどね」
「なんか、遊ぶ気になれないな」
「水着になって、海眺めてたら満足だね」
「なんか、年寄りみたいだ」
「まあ、もうすぐ死ぬから、あながち間違いじゃないかも」
葵生の言葉に、ケンはくしゃっと笑った。
「ここで問題。水死体って、どうやって消えると思う?」
「……魚が人間の死体を食べるのか?」
「半分当たり。タコやカニ、シャコの体内から人間の毛が見つかることがあるらしいよ。消化されにくいから」
「うげ、最悪すぎる」
「まあ、人間だって動物だからね。食物連鎖の中だよ。自然の当然の営み」
「……そう考えると、悪くはないか? その光景を見たくはないが」
魚に食わせる自分の姿を想像してしまって、ケンは勢いよく首を振った。
「色々考えると、火葬ってキレイだよね。骨以外は灰に変えてくれる」
「でも、焼死はさすがにイヤだな。派手過ぎるし、苦しすぎそうだ」
自然と、2人は指を絡め合う。
それから何分経っただろうか。
波の音が耳に心地いい。
ほどよく静かなのに、耳に入ってくる音に飽きがこない。
潮風もなぜか、悪い感じがしなかった。
生物は多くいるのに、あまり邪魔に感じなくて、居心地がいい。
いつの間にか夕日が沈みかかった頃。
葵生が小さく口を開く。
「ねえ、ケン」
「なんだ?」
「ここ、いいよね」
「葵生もそう思ったか?」
それ以上の言葉は、必要なかった。
この海が死に場所。
理由は言語化できなかった。
直観に過ぎなかった。
だけど2人の直感が一致すれば、必然だ。
ケンは地平線を眺めながら、半年後の冷たくなった海――そこに2人で沈んでいく姿を想像するのだった。
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