第26話 どういう風に消えたい?

 体育祭を終えて、1学期が終わりを迎えた。

 クラスメイト達は高校最後の夏休みを、後悔しないように過ごしているだろう。


 ある人は夏期講習に打ち込み、ある人は最後の大会で青春を謳歌し、まるで少女漫画のような


 そんな中、ケンと葵生は部屋でグダグダしていた。



「ねえ、ケンはどうやって死にたい?」

「なんだよ、藪から棒に」

「いや、気になったから。ケンは病気で死にたいの? それとも自分で死にたい?」

「自分で死にたいな。自分で死に場所と死に方を決めて、自分の死を自分色に染め上げたい」



 ケンは淀みなく答えると、葵生はニンマリと笑った。



「じゃあ、僕と一緒だ」

「葵生も自分で死にたいのか」

「でも、自殺ってどうすればいいんだろうね?」

「いろんな方法があるだろ」



 お薬マゼマゼ。

 たかいたかいジャンプ。

 首一本でぶーらぶら。

 ぶーぶーやしゅっぽっぽでズドン。


 当たり前に生きているこの世界の中でも、死ぬ方法なんていくらでもある。



「ケンは、どんな死に方が好き?」

「死んだことないから、難しいなぁ」

「そんなに深く考えずに、直感的に答えてよ」



 ケンは一度頭を空っぽにしてから、最初に浮かんだ死のイメージを言葉にしていく。



「そうだなぁ。そこそこ苦しい死に方がいいな」



 意外だったのだろう。

 葵生は目を丸くした。



「なんで? 苦しくまない方がよくない?」

「なんていうか、楽に死んでも生き返りそうじゃないか? しかも、下手に生き残ったら後遺症が酷そう」

「まあ、確かにそうだね。確実なのは大事」



 それと、とケンが続ける。



「誰にも死体が見つけらないところで死にたいな」

「ああ、わかる」

「親にも兄弟にも、墓参りしてほしくないからな。死んでまで、誰かの目を気にしたくない」

「僕も一緒かも。死んだ後ぐらい、血の繋がりを忘れたいよね」



 ふと、遠くから子供の遊ぶ声が聞こえた。

 元気で、自分が死ぬことなんてちっとも考えてなさそうな声色。



「今日って、夏休み初日だよな? 俺達、なんでこんな話をしてるんだよ」

「いいじゃんいいじゃん。僕達らしい」

「まあ、そうか。微妙な気分だけど」



 葵生がクスクスと笑ったけど、ケンには意味がわからなかった。


 餌をねだる猫みたいにすり寄る葵生。



「ねえ、心臓の音聞かせて」

「なんでだ?」

「だって、心臓の病気なんでしょ? これから毎日観察したい」

「まあ、別にいいけど」



 葵生は早速、ケンの胸に耳を当てた。

 必然的に密着する形になって、ケンの頬が赤く染まっていく。



 ドクン ドクン ドクン



 心臓の鼓動が早くなっていく。

 葵生から漂う甘い香りが、ケンの脳細胞を揺らしていく。

 

 抱きしめたい衝動が脳を支配していく。

 だけど、ぐっと我慢して頭をナデナデするだけにとどめた。



「心音、もう満足か?」

「……もうちょっとだけ」

「聞いてて楽しいか? オレの心臓の音なんて」

「楽しいんじゃなくて、落ち着く。雨の音みたい」



 それから10分程経って、やっと葵生は離れた。



「夏休み、なにしようか」

「もう死ぬんだから、勉強も部活もないもんな。自由になんでもできる」

「久しぶりに動画撮る?」

「いや、動画撮ってもなぁ」



 何色を示すケンに、訝し気な視線を送る葵生。



「ケンって、動画撮るのあんまり好きじゃなかった?」

「いや、好きだったよ。ただ、あと少しで死ぬ人間が他人を楽しませるわけがない」

「まあ、それもそうだね」



 ケンはスマホを取り出して、ボーッと動画投稿サイトを眺め始めた。



「まあ。感動ポルノは撮れるとは思うけどな」

「うげ」

「葵生も嫌いか?」

「大っ嫌い」



 顔を突き合わせて笑い合った。



「感動ポルノなんて、何が楽しいんだろうな」



 ケンからの問いに対して、葵生は意地が悪い顔をして答える。



「本当に感動したり、心を痛めているわけないだろうね。見ている人は絶対こう思っている。『私たちはこうならなくてよかった』って」

「まあ、そう思う人もいるだろうな」

「あと、過去の自分の体験と重ねているだけ。過去の自分と登場人物を重ねて褒めて、間接的に過去の自分を褒めているんだよ」



 唸りながら頷くケン。



「それもあるかもな。胸糞悪い。登場人物の苦しみなんて、ちっとも見られていない」

「まあ、映像で本当の苦しさなんて伝わるわけないからね」

「間違いない」



 それから、しばらく無言の時間が続いた。

 ケンはしきりに時計を確認している。

 なにか予定があるわけじゃない。


 ただ、無為に時間が過ぎているのに焦りを感じている様子だ。


 20分程過ぎて、ようやく意を決して口を開く。



「あ、そうだっ! 葵生に言っておかないといけないことがあったんだ」

「どうしたの? 改まって」



 ケンは正座になって、ピンと背を伸ばした。

 葵生の背筋も自然と伸びる。



「こんなオレと一緒に死ぬって言ってくれてありがとう」

「あ、うん」

「好きだ。愛してる」



 ケンの顔は全面真っ赤になっていた。


 葵生の顔も、伝染したみたいに染まっていく。



「……うん。僕も」



 葵生は、元男とは到底思えない表情をしていた。



「その言葉、僕が男でも言ってくれた?」

「……男に愛している、とは言うのはおかしいだろ」

「そうだね」

「でも、愛の形が変わるだけだと思う」



 突然、葵生は「そうだ!」と名案を思い付いたようで表情を明るくした。



「ねえ、ケン。いいこと思いついた」

「なんだ?」

「この夏休み、死に場所を探しにいかない?」

「死に場所?」

「色んな所を回って、思い出を作りながら、どこで死ぬのが一番いいか決める旅をする。楽しそうじゃない?」

「いいな、それっ!」



 死に場所を探す。


 高校最後の夏休みには、まったく似つかわしくない目標。


 だけど、2人の目を爛々と輝いていた。

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