第25話 体育祭で悪友に告白する④
(くそっ、小学生の競技だろ、こんなの!)
悪態をつきながらも、必死に前に進もうとする。
ケンが挑んでいるの、は障害物競走だ。
ふと前を向くと、神メイトはかなり先に行ってしまっている。
(あいつにとっては、障害にもなってないんだろうなぁ)
ケンはネットをかいくぐろうとしている。
だけど体中に絡まって、今自分の体がどんな体勢になっているのかもわからない。
だけど、そんな障害物を障害物として見ない程、優れた人間だって多くいる。
ケンの必死の努力が、日常な人だっている。
当たり前の事実だけど、ケンには残酷に見えた。
一瞬、視界がモノクロに変化した。
チカチカと明滅して、気持ち悪さがせりあがってくる。
(ああ、アイツはオレの兄弟と同じ側の人間だ)
兄弟はみんな、ケンよりも才能に溢れていた。
年下の兄弟に簡単に抜かれた時は、消えてしまいたくなった。
彼らと、神メイトの背中が重なって見える。
それでも、必死に走り続ける。
負けるつもりで走っているつもりはない。
ふと、観客から笑い声が聞こえた。
何に対しての笑いなのか考えたくもない。
それなのに、考えてしまう。
今の自分は醜い。
頑張っていて格好悪い。
(それでもっ!)
がむしゃらに進んでいると、ゴールが見えてきた。
ゴールの先では、すでに神メイトが休んでいた。
とても冷たい目を向けられて、ケンの足はゴールの手前で止まった。
神メイトの顔を、見たくもなかった。
想像したくもなかった。
ケンは努力の仕方もわからない。
やっと努力出来たと思っても、全く実らない。
いつも残酷な結果だけが産み落とされる。
「これで満足か?」
神メイトからの問いかけに、ケンは答えることもできなかった。
「惨敗して、スッキリしたか? 割り切れたか?」
必死に息を整えて、絞り出すように吐き出す。
「ああ、全然ダメだ。割り切れない。でも、これでいいんだ。離れる理由ができた」
「なんでお前はこんなことをしているんだ?」
「普通になりたいからだよ」
ケンは投げやりに言い放った。
「なあ、なんでお前らは普通になりたいんだよ」
「普通になれば、苦しまなくて済む」
「ちっ」という神メイトの舌打ちが響いた。
「普通に夢見過ぎなんだよ」
「……どういう意味だよ」
「普通になったって、苦しいに決まってるだろ。もし今お前が抱えている苦しみが無くなったって、新しい苦しみに苛まれるだけだ」
「それでも変わっちゃいけないのかよ。変われば救われるって、信じちゃいけないのかよ」
神メイトは弱弱しく頭を横に振った。
「いや、そういうことじゃないんだ」
「じゃあ、何を言いたいんだ。慰めなんていらないからな」
「ただ、ただな……」
振り絞られる、神メイトの声。
「そんな普通じゃないお前らを美しいと思ってしまった俺は、どうなるんだよ」
「美しい……」
知っている言葉なのに、不思議な響きだった。
「だから、オレはお前たちには一緒にいてほしい。今、そう思ってしまっている」
「お前が告白するって言い出したんだろ」
「……気持ちって、そういう移ろうものだろ」
頭の処理が追い付けずに呆然としていると――
「ケン……」
いつの間にか、葵生がすぐ近くまで来ていた。
表情から、さっきの話を聞いてしまったことが伺える。
「ケン」
「葵生」
歩み寄る2人。
神メイトは、その姿をじっと見つめていた。
ケンは必死に言葉を選びながら、口を開く。
最初に言いたい言葉。
「なあ、オレ、ずっと隠していたことがあるんだ」
「うん、なに?」
ずっと言えないと思っていた。
それなのに、葵生の顔を見ているだけで安心感に包まれていく。
「オレ、もう余命がないんだ」
「あとどれくらい?」
「あと、10か月ぐらい」
葵生の色の悪い唇から、吐息が漏れた。
「そうなんだ」
「ああ、そうなんだ」
ケンの手を握ると、葵生をなんでもない事のように言う。
「じゃあ、僕の命もあと10か月だね」
憑き物が落ちたような笑顔だった。
心がザワついた。
(そうだよな。こうなるよな)
葵生なら、こう言ってくれる。
わかっていた。
ダメなことだ。
(ああ、もう、どうなっても知らないぞ)
そんなのは間違っている。
お前だけは生きてほしいんだ。
オレだけが死ねばいい。
そんな言葉が、プカプカとファンシーな色の泡として浮かんでくる。
オナラの泡みたいに、軽い言葉。
だから、あっさりと口にできてしまう。
でも本当に言いたいことは、こんな浮ついてもないし、耳障りがよくもない言葉。
残酷で残虐で、とっても自己中心的な言葉。
「ああ、一緒に死のう。一緒に死んで、幸せになろう」
心の沼の底から掘り起こされた、ヘドロのような喜び。
ケンの心は完全に浸りきってしまっていた。
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