第24話 体育祭で悪友に告白する③

 体育祭当日。


 ケンは神メイトを校舎裏に呼び出していた。

 すでに勝負の話はしてあるため、2人の間の空気はバチバチにぶつかり合っている。



「なあ、お前、将来のことは考えているのか」

「なんだよ、いきなり」



 ケンの質問に、神メイトは露骨に顔をしかめた。



「高校卒業した後の進路は決まっているのか?」

「本当になんなんだよ。答える必要はないだろ」

「頼む。答えてくれ」



 ケンの切実な声に、神メイトは少したじろいだ。



「高校卒業後は、親がやっている大工を継ぐ予定だ」

「……そうか。家族とは仲がいいのか?」



 ケンの口から発せられる声は、淡々としている。



「まあ、悪くはない。普通な方だと思う」

「親のことは嫌いか?」

「特段好きなわけじゃない」

「じゃあ、なんで一緒にいるんだ?」



 神メイトは「質問の意味がわからない」と言わんばかりに、苛立ちながら答える。



「親ってそういうものだろ。縁なんて切り離せるものじゃないし、嫌いになりきれない」

「それが辛くなったことはあるか?」

「いや、別にないが……」

「…………」



 突然無言になったケンに対して、神メイトは苛立ちを隠せなくなったみたいに激昂した。



「さっきからなんなんだよ!」

「いや、確認しておきたかったんだ。お前、普通にいい家庭の子だよな」



 馬鹿にされているととらえたのだろう。

 神メイトの語調はヒートアップしていく。 



「お前はどうなんだよ。将来のことは考えているのか?」

「オレは、何ももない。何も考えていない」

「それでいいのかよ!?」



 神メイトが迫っていく。



「いいんだよ。オレに未来なんて無いから」

「なんだよ。自暴自棄か?」



 ケンは自分の胸にそっと手を当てて、目をつむった。



「オレ、実は心臓の病気なんだ。本当はこんな激しい運動もしちゃいけないし、次の3月にはこの世にいないと思う」



 春に似つかわしくない、冷たい空気があたりを包み込んだ。



「……早乙女は知っているのか?」

「言ってない」

「言わなくていいのか?」

「なんでだろうな。お前には簡単に打ち明けられるのに、葵生には全く言えないんだ」



 空気が冷たく、重々しく沈んでいく。

 だけど、神メイトの瞳には燃え盛るものがあった。



「……お前、酷いやつだな」

「知ってる。オレはダメな人間だ」

「オレは負けられない。お前に、早乙女は任せられない」



 神メイトの勢いのいい啖呵を聞いて、ケンは少し寂しそうに笑った。



「ああ、勝ってくれ。絶対に勝ってくれ」

「ふざけるなよ!」



 胸倉をつかまれて、ケンは思わず目を背けた。



「オレは勝っても負けても絶対に後悔する。だから、オレの未練を断ち切って欲しい」

「お前は、本当に酷いヤツだ」



 そう吐き捨てると、神メイトは校庭へと走っていった。



 この戦いは、儀式みたいなものだ。

 ケンの心に整理をつける、自己満足な儀式。



(全力でやって負ければ、諦めがつくはず)



 神メイトは野球部に所属していて、ケンとはくらべものにならない程に運動神経がいい。


 全力を出しても、絶対に敵わない相手。

 今回の目的を考えると、最適だ。



 今回の勝負に負けて。

 葵生と別れて、独りで死ねる。



 そうじゃないときっと、このまま落ち続けてしまう。


 落ちて、落ちて、落ちて――


 その先でケンは病気で死ぬ。

 そして、一緒に落ちた葵生が残ってしまう。


 それだけはどうしても避けたい。



(そう思うのが、正しいはずなんだ)

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