第20話 オレの悪友がTSしたら、タガが外れた件②

 キンコンカンコーン、と。

 チャイムが鳴った。


 学生達は「やっと解放された!」と言わんばかりに荷物をまとめて、部活や遊びへと向かって行く。

 そんな中、真っ先に帰りそうな見た目の男が。



(どういう顔をして帰ればいいんだ?)



 ケンが今から帰る家は、昨日までとは違う。

 もっとずっと暖かくて、ムズ痒い空間になっているだろう。


 だからこそ、ケンは戸惑ってしまっていた。

 


「よ、よう」



 おどおどした声を掛けられて、気怠そうにケンは振り向いた。



(ん? 初めて話す相手だな)



 そこに立っていたのは、頬をヒクヒクとさせた男子生徒だった。


 いかに『2軍』といった見た目。

 なんとなく包根神社で出会った神様と顔が似ている気がして、とりあえず『神メイト』と呼ぶことにした。



「えっと、今話大丈夫か?」

「あ、ああ。大丈夫だが……」



 ケンは意識して作り笑いをした。



(ヤバイ。人見知りはバレないようにしないとな)



 普段、ケンは見た目のせいで声を掛けられることがない。

 だけど、実はかなりの人見知りだ。



(だけど、こいつはなんとなく『はじめまして』って感じがしないな)



 不思議に思っていると、クラスメイトが前の席の椅子に座った。

 


「えっと、遊馬って呼んでいいか?」

「いや、苗字はやめてくれ。もう忘れたいし、ついでに本名も嫌いだから、『ケン』って呼んでくれ」

「お前、早乙女と似たようなことを言うんだな」



 神メイトがハニかむと、ケンの眉が八の字になった。



「じゃあ、なんで『早乙女』って呼んでるんだ?」

「本人の前じゃなければいいと思って……。女子を下の名前を呼ぶといろいろと大変なんだよ」



(ああ、他のヤツの認識だと、葵生は『最初から女』だったんだな)



 ケンは少し誇らしくなって、緊張が和らいだ。



「それで、その早乙女が例の事件の後どうなったか知ってるか?」

「なんでそんなことを訊くんだ?」

「なんでって……」



 神メイトは露骨に眉をひそめた。



「クラスメイトのことぐらい、気にかけちゃわるいのかよ」

「うん? たしかにそうだ。お前、案外イイヤツなんだな」

「それはこっちのセリフだ。話しかけても無視されると思ってた」

「まあ、断る理由もなかったからな」

「そうか」

「……」

「……」



 話し慣れていない人同士特有の、微妙な間。

 先に口を開いたのは、神メイトだった。



「それで、改めて訊くけど、早乙女が今どうなったか知ってるか?」

「2週間の出席停止」

「そんな程度なのか? てっきり退学になるとばかり……」

「そうだよな。かなり処分が甘い」



 また言葉が続かなかった。



「まあ、別に」

「今、連絡取れてるのか?」

「ま、まあな」



 ケンは何かを隠すみたいに、ふっと視線を逸らした。

 それを見た神メイトが一瞬口を閉じると、雰囲気が変わった。



「それで、ここからが本題なんだが」



 ピリピリとした空気を、乾いた唇が震わせる。



「ケンって、早乙女と付き合っているのか?」



 一瞬、言葉に詰まった。



「アイツとは、そんなんじゃない」

「じゃあ、どういう関係なんだ?」

「……長くなるけどいいか?」

「どのくらい?」



 ざっと頭の中で計算した。



「だいたい15時間ぐらい」

「……今は遠慮しておく」

「そうか? かなり面白いと思うぞ」

「面白いわけあるか!」



 神メイトはツッコミを入れた後、不服そうに続ける。



「なあ、早乙女とはいつ頃出会ったんだ?」

「なんでそんな訊くんだよ」

「いいだろ。クラス委員なんだから、少しは話に付き合ってくれよ」



(クラス委員って、そんなこともしないといけないのか……)



 クラス委員について詳しく知らないケンは、あっさりと信じてしまった。



「葵生との出会いは、中学校の卒業式だ」

「へー。同じ中学だったのか? いや、それなら卒業式で会うのはおかしいよな?」



 ケンは得意げに頷いた。



「オレが、葵生のいた中学に侵入したんだよ」

「何をするために? まさか、彼女でもいたのか?」

「違う。ガラスを割るために、だ。よその学校のガラスを全部割りたい気分だったんだ」

「…………マジか」



(まあ、ドン引きするよな)



 ケンは当時の自分に少し恥ずかしさを覚えながらも、話を続ける。



「ガラスを割っていると、もう一人ガラスを割っている人がいたんだ。それが葵生だった」

「早乙女が、ガラスを割っていたのか?」

「ガラスだけじゃない。蛍光灯を割って、全身キズだらけだった」

「……本当の話なのか?」

「まあ、信じるか信じないかはアナタ次第だ」

「オカルト特集かよ!」



 なぜかケンの気分は高揚していた。



「まあ、信じるよ。さっきの話」

「なんでだ?」

「嘘をついているようには見えないから」

「いや、」

「そりゃあ、そんな顔をされたら初対面でもわかる」



 ケンはとっさに自分の顔を隠した。



「どんな顔してた?」

「俺の母親が父からプロポーズされた話をする時と同じ顔になってた」

「マジか」



 ケンは必死に表情筋をもとに戻そうとした。

 だけど、どうしても目元のニヤケはとれていない。



「なあ、本当は付き合ってるんじゃないのか?」

「……付き合ってはない」

「じゃあ、普段は2人で何をやってるんだ?」

「まあ、普通に一緒にいるだけ。特に恋人みたいなことはしてない、はずだ」



 ケンが不安げに顔を上げると、神メイトは不可解そうな顔をしていた。



「いや、それだけはないだろ。あのおっぱいを前に」

「まあ、揉ませてもらったことはあるけど、何回も……」

「はあ!?」


 

 神メイトの驚きの声に、ケンは耳がキーンとした。

 幸いにも、もう教室には誰もいない。



「なあ、それで付き合っていないのは流石にどうなんだ?」

「どうって言われても、お互いにそれで落ち着いているからな」

「セフレってやつか?」

「違う。そんな軽い関係じゃない」

「じゃあ、なんなんだよ?」



 ケンの脳裏に、いろんな言葉が浮かぶ。

 友達。親友。悪友。恋人。

 どれもしっくりこなかった。


 強いて言うなら――



「生き甲斐だ」



 口に出して言うと、さらにしっくりきた。



「生き甲斐?」

「ああ。葵生と一緒にいると、生きる気力が湧いてくるんだ。ああ、こいつが頑張って生きているから、オレも生きる気力が湧いてくる。そう思えるんだ」



 ケンの言葉を聞いた神メイトは、大きなため息をついた。



「最後の確認だけど、それでも本当に付き合ってないんだな?」

「まあな。なんでそんなにしつこく訊くんだよ」

「俺にとっては、とても大事なことだからだ」



 神メイトの、浅く息を吸う音が響いた。


 まるで一世一代の大勝負のような雰囲気をまとっていた。



「それなら、俺が早乙女に告白してもいいか?」



 しばらくの沈黙。

 教室には、ケンと神メイトしか残っていない。

 遠くからは部活をする声と、カラスの鳴き声が聞こえる。


 夕日に照らされる神メイトの真剣な瞳は、まるで真っ赤に燃え上がっているように見えて、ケンは目を離せなくなっていた。



「……は?」



 無自覚に出た声。

 それは、人生で最も低い声だった。





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昨日は更新できずに申し訳ございませんでした


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