第19話 オレの悪友がTSしたら、タガが外れた件①

 家を出ると、ドンヨリとした天気だった。


 雨は降らないけど、洗濯物を外に出したくないぐらいの天気。

 ケンは眠たそうにアクビをしながら、通学路を進んでいく。


 ふと気になって振り向くと、出てきたばかりのアパートが目に入った。



(この部屋で暮らし始めて、もう2年近くか)



 ケンは生まれてからずっと、この部屋で暮らしてきたわけじゃない。

 親に勘当同然で住まわされている。


 きっかけは高校入学だった。

 いや、本当はもっと前。高校受験のタイミングという認識が正しいだろう。


 

(いくら勉強しても、頭ってよくならないんだよなぁ。血も関係なく)



 両親は2人とも大学で教授をしている。

 とても優秀な2人で、その子供は言うまでもなくエリート……とはならなかった。


 兄弟4人。

 ケンは、その次男として生まれた。


 両親とも教育熱心で、幼いころから勉強詰めだった。

 私立の小学校に入るの当たり前。

 進学校に入って、いい大学に進むのは当然。


 そうやって、ケンの兄1人と姉1人を立派な大人に育て上げた。


 だけど、ケンはついていけなかった。

 自分の後に生まれた、年の離れた妹の方がよっぽど優秀だった。


 いくら知識を詰め込んでも、解法を学んでも、根本的に何かが足りなかった。

 他人がたった5分で解ける問題に、30分以上もかけてしまう。

 どれだけ丁寧に努力をしても実を結ばなかった。


 要領が悪い。

 頭が悪い。

 口が悪い。

 運動神経も悪い。

 

 全部全部、悪い。


 親に言われ続けた。

 私たちの教え方が、育て方が悪いんじゃない。

 お前そのものが悪いんだ。


 そして高校受験に失敗して、完全に見限られてしまったのだ。



「こんな高校に入って、なんの意味がある、か……」



 いつの間にか、学校まで着いていた。


 自称進学校。

 地域の中でも3番目か4番目の偏差値。

 全国で見れば、100位にも入れないだろう。


 親が理想とした高校とは、ほど遠い。



(でも、葵生と一緒に通える高校はここしかないんだよなぁ)



 それだけがケンの誇りだった。



 校門をくぐって、昇降口を

 全員、ケンの金髪と見るだけで怯えている。



(親への反抗のつもりで染めたんだけど、今さら黒に戻すわけにはいかないし)



 もし金髪を辞めてしまったら、周囲から「丸くなった」「更生した」と見られてしまうだろう。

 それは何かに負けた気がして、変なプライドが許さなかった。



(まあ、クラス委員になった立候補した時点で「丸くなった」なのかもしれないけど)



 別に、ケンは自分がまともになりたいとは思っていない。

 まともに生きたって、要領が悪いケンは人並みに生きていけないだろう。



(この一年――最期の一年を謳歌したいだけ)



 余命1年。

 心臓の病気で、そう告げられた。


 もう申告から1か月は過ぎている。

 あっという間に、余命の12分の1の時間が流れている。



(まあ、満喫するだけじゃ、ダメなんだよなぁ)



 自分が満喫するだけだと、心残りが出来てしまう。

 葵生の存在。



(オレがいなくなったら、葵生はどうなる?)



 救う、なんて大それたことは考えていない。

 ケンは、自分が他人を救える力なんて持っていないことを自覚している。。



(ただ、普通の学校生活を味合わせて、オレが死んだ後も誰かと歩めるようにしたい)



 ケンには葵生しかいなくて、葵生にはケンしかいないから。


 早乙女葵生という人間は、まさに子供だ。

 体も見た目も立派な高校生だ。

 だけど、精神は完全に子供だ。


 情緒が育ち切っていなくて、高校生が当たり前に知っていることを知らない。


 

(多分、地頭はいいんだよなぁ。オレよりもよっぽど)



 だから、劣悪な家庭環境でも自称進学校に入れた。

 家に近い。それだけの理由で。

 ケンは必死に勉強してようやくA判定だったのに。



(理不尽だよなぁ。全く)



 教室についたケンは、ふと葵生の席を見た。

 誰も座っていない。



(葵生はまだ謹慎中だから)



 ふと、あの夜・・・のことを思い出してしまう。

 葵生がイジメっ子を殴った後、ケンの部屋で起きた出来事。


 

(くそっ! もう2度とやらないからなっ!)



 思わず机を足で小突くと、周囲の空気が変わった気がした。


 

(あれ? 前よりも避けられている気がする……)



 原因はすぐに気づいた。


 今まではヤンキーな見た目をしているだけだった。

 だけど、よく一緒にいる葵生が暴力沙汰を起こした。


 そのせいで、さらに畏怖されているのだろう。



(このままではよくないな)



 気付かれないように周りを観察していると、1人の女子に目が留まってしまった。

 地味な、ザ・本好き女子といった見た目した彼女。

 ケンの想い人だ。

 ちなみに隠れ巨乳。



(あっ)



 一瞬、彼女と目が合った。

 だけど、次の瞬間には露骨に顔を隠されてしまった。



(くそっ、居心地が悪い)



 ここは自分の居場所じゃない。

 なんとなくそう感じながらも、先生の筋肉を恐れてホームルームに出席するのだった。

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