第18話 強く噛んで②

「僕の腕を、噛みつぶして」



 その言葉を聞いて、ケンは目を見開いた。



「なんでだよ」

「僕にとって、必要なことだから」

「必要なこと……」



 話している間も、スルスルと衣擦れ音は続ている。 



「それで、なんで服を脱いでるんだ?」

「生まれたままの姿で噛んでもらうのに、意味があるから」

「葵生は男として生まれたんだから『生まれたままの姿』はおかしいだろ」

「確かに」



 葵生は「クスクス」と笑った。 

 でも緊張のせいか、固くるしい笑い方だった。


 最後に靴下を脱いだ


 暗闇のせいで、何も見えない。

 2人の荒い呼吸と声音だけが、お互いに感情を伝えあっている。



「でも、ケンはこっちの姿の僕の方が好きでしょ?」

「…………」



 沈黙は答えだ。



「ケンって、普通に女の子が好きだよね。特に巨乳であんまり派手じゃない子」

「ま、まあな」

「男の時、ちょっと思ったことがあるんだ。このままケンが僕から離れるんじゃないか、って」

「どうしてそうなるんだ?」

「だって、こんな僕でもケンが魅力的な人だってわかるのに、彼女が出来ないのっておかしいでしょ?」

「簡単にに出来たら苦労しねえよ」



 怒りと悔しさが入り混じった声だった。

 でも、葵生は淡々と話を続ける。



「いつか遠くない未来。ケンに彼女が出来て、その人は僕が霞むぐらいにメチャクチャいい人で、僕に対しての興味が全くなくなって、いずれ捨てられちゃう」

「……そんなことはない、と、思う」

「でも女になって、おっぱいを見られたり、揉まれたりすると実感するんだ。ああ、今ケンに求められている。必要とされてる。ああ、ケンの隣にいていいんだ、って」



 しばらく、ケンの呼吸音すら聞こえなかった。



「…………なあ、すごいことを言っている自覚はあるか?」

「わかんない。でも、言いたいから言っただけ」

「言いたいだけって」



 葵生はおもむろにケンの手を取って、自分の胸に当てた。



「電気、点けていいか? ちゃんと見たい」

「ダメ。感触だけ味わって」

「……生殺しにされてる気分なんだが」

「でも、強引に電気点けたり、押し倒したりはしないんだ」

「……そんなことはしたくない」

「そっか」



 嬉しそうな声が、生暖かい息と一緒に吐き出された。



「ねえ、ケンのそういうとこ、好きだよ」

「……それはどっちの意味だ?」

「うーん、どういう意味なんだろうね?」



 葵生がとぼけた声に、ケンは困り眉を作った。



「なんだよ、それ」

「言いたくなったから言っただけだから」

「……そうか」

「うん、言いたくなっただけだから。それ以上に深い意味はない」

「……」

「でも、なんだろう。好きって言うたびに、とっても嬉しい」



 葵生はゆっくりと、獲物を追い詰める狩人のようにケンに近づいていく。

 ケンは何か危険を察知したのか、逃げようと後退する。

 だけどすぐ後ろは壁で、すぐに逃げ場がなくなってしまった


 息を荒らげるケンの前に、葵生は生温くて太い棒のようなものが差しだした。



「ねえ、噛んで。僕の腕」

「本当に腕なのか?」

「どうだろうね。本当はもっと別のものかも」

「……こわいんだが」

「大丈夫。怖くないから。絶対楽しいことだから」

「楽しくはないだろ」



 葵生は曖昧に笑った。



「噛まないとダメなのか?」

「お願い。そうしないと、僕は前に進めない」

「後悔しないか?」

「それは噛まれた後の僕に訊いて」

「意味がわからん」

「今言えるのは、今この時点の僕はケンに噛んでほしいって思っていることだけ」



 暗闇のせいで見えていないのに、お互いに見つめ合う。



「わかった」



 了承したケンは、おそるおそる歯を突き立てる。



「――っ!」

「いふぁいのか?」

「痛いけど、もっと強くして」



 さらに顎に力を入れるケン。

 よだれが細い腕を伝って、ポタポタと床に落ちた。



「お願い。もっと強く噛んで」



 噛み切れそうな力でも、葵生は満足していない。



「もっとっ! 骨が折れるぐらい!」



 さらに歯が食い込み、皮膚を突き破る。

 血の味を感じたのか、ケンは力を緩めた。


 糸を引きながら、歯が離れていく。

 白い腕にはくっきりと歯型がついていることだろう。



(ヤバイ。コレ……)



 ジンジンと痛む腕で持ちながら、指が動くことを確認していく。

 少し動かすだけが走る激痛が、傷の深さを物語っている。



「はは、これは本当に一生残っちゃうかも」

「一生……か」

「ケン。ありがとう。すっごく嬉しい」



 本当に愛おしそうな葵生。

 対照的に、ケンの声音は疲れ切っていた。



「どっと疲れたぞ。なんの意味があったんだ?」

「これで忘れないから。もう人は殴らない。殴ったら、アイツと一緒になるから。もし殴ろうとしたら、この噛み痕が止めてくれる」

「…………」



 少し考える間を置いた後、ケンが口を開く。



「……そこまでする必要があったか?」

「僕はケンとか他の人とは違う。簡単に人のことを殴っちゃう。だから、これくらいの傷が必要だった」



 葵生はまるで壊れかけの古時計を撫でるみたいに、そっと傷口に触れた。



「ああ、どうしよう。どんどん我慢できなくなってきた」

「どうしたんだ!?」

「やばい。かなりおかしくなってきたかも」

「ねえ、ケン。好き」

「はぁ!?」



 素っ頓狂な声を上げるケンに、さらに近づく葵生。



「好きだから」

「あ、ああ」

「好きなんだよ」

「そ、そうなのか」

「好き」

「よかったな」

「好きすぎる」



 ケンは目を白黒させているだろう。



「何回言っても言い足りない。やばいやばいやばいやばい。おかしいよね? これ、どうしようもないんだけど」

「おい、キャラ変わってないか?」

「そうかな? でも、しょうがないよ。こんなの我慢できないよ」

「我慢って……」



 葵生はケンに近づいて、密着する。

 2人と隔てるものは、ケンが着ている学校の制服しかない。



「ねえ、もっと噛んで。腕だけじゃなくて、いろんなところ噛んで」

「おい、落ち着けっ!」

「もう無理。我慢できない」

「落ち着け。きっと痛みでおかしくなってるんだ」

「そうかな?」

「きっとそうだ」



 葵生は少し不服そうに「ぶー」とたれながらも、少し離れて座った。



「ねえ、ケン。最後に、もう一つお願いを聞いてくれる?」

「なんだ? 流石にもう動けないぞ」

「大丈夫。そんなに難しいことじゃないから」



 そっとケンの耳に唇を近づける葵生。


 吐息が髪を揺らして、耳の近くの空気が生温かく湿っている。



「この部屋で一緒に暮らしたい」



 暗い空間に、熱のこもった声がとけた。

 

 長い沈黙。

 2人の動く音は全く聞こえない。


 時計の針が進む音は何十回、何百回響いただろうか。


 部屋の外から誰かの足音が聞こえて、ケンはうわ言のように呟く。

 


「ああ」

 

 

 弱々しくて曖昧な2文字が、男女の鼓膜を甘く揺らした。






―――――――――――――――――――――――――――

ふぁっ!?!?!?!?!?!?!?


あれ?

葵生がこうなるのは終盤っていうプロットだったじゃん!?!?

なんでそうなるの!? ねえ、感情爆発早すぎるよ、ねえ!!


あんた、ヤることヤったら妊娠確定でエンドよ!?


これからの話、どうするつもり!?


(;´Д`)うわああああああああああああああああああああああ!!!!!



面白かったら、☆、よろしくお願いします……

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