第13話 ドキドキ初登校と、問題児クラス④

 葵生達のクラスは冷え切っていた。

 全員が下を向いて、微動だにしていない。


 重苦しい空気が漂っていて、息を殺したように静まり返っている。

 そんな中、1人の荒い息だけが、空気をむさくるしく揺らしている。


 元気にヒンズースクワッドをしている、小枝先生だ。



「えー。早く決めないと帰れませんよ?」



 小枝先生の淡々とした声に対して、誰もが口をつぐんだ。



「はぁ」



 短いため息を漏らしながら、黒板へとゆっくりと歩く先生。

 1歩1歩の音が妙に響いて聞こえるほど、教室は静まり返っている。

 お通夜でももう少し騒がしいかもしれない。



 先生がコンコンと黒板を叩くと、葵生をゆっくりと顔を上げた。

 そこには、赤いチョークでこう書かれている。



――委員会決め



 新学年になって早々に始まる、魔女裁判。

 小枝先生を恐れてか、サボリ魔のケンも参加している。


 だけど、今は委員会が何1つ決まっていない。

 その前で止まっているのだ。


 今決めようとしているのは、クラス委員。

 このクラスのリーダー。


 最初に地獄の委員会決めを任されて、その後も雑務を押し付けられる貧乏クジ。



(そんなの、誰がやるかよ……)



 そう考えているのは葵生だけではない。

 クラス全員だ。


 全員が全員、面倒ごとを他人に擦り付けようとしている。

 率先して引き受けようなんていう善人は、この問題児クラスには存在しない。




「誰もいないのー?」



 先生の声と一緒に、変な音が響く。

 今度はハンドグリップで握力を鍛えているのだ。


 ギィギィギィ、と。

 バネが軋む音は、まるで肉食獣の威嚇音のように聞こえた。

 


(あれ、一体何キロなんだろう)



 筋トレの知識がない葵生にはわからないけど、女の葵生では両手を使っても動かせないだろう。



「じゃあ、先生と腕相撲をして勝った人にする?」



(誰も勝てないよ!!!)



 本当はツッコミをいれたかった葵生だけど、流石に空気を読んで抑え込んだ。


 クラス中から冷や汗が流れている。

 誰かが手を挙げて。

 誰でもいいから。

 自分以外の人が手を挙げろ。

 早くこの地獄を終わらせてくれ、誰かが。

 おい、あいつが一番うまくできるだろ。

 受験勉強で忙しいんだから、学級委員やってる暇なんてないよ。

 お願いだから、誰か早く終わらせて!



 声に出せない悲鳴が聞こえてくるような静寂の中。



「あら?」



 空気が一変した。

 安堵のこもった息が、クラス中から漏れている。


 手を挙げた人がいるのだ。


 葵生が目を向けると、その人物は

 だけど、それが誰か・・を認識した瞬間、空気は困惑へと変わった。



(なんで……?)



 金髪にピアス。

 高身長ヤンキー。

 ケン。


 挙げられた手は、彼のものだった。



(それは違うでしょ)



 絶対に、ケンは手を挙げない。

 葵生は絶対的に信頼していた。


 それなのに、ケンは堂々と手を挙げている。


 スタスタと教壇へ向かうヤンキーを、誰もが目で追いかけている。

 『お前だけはダメだろ』

 すべての視線に、同じ思いが込められている。


 だけど、当の本人は一切動じていない。

 背筋をピンと伸ばして、迷いなく教壇の前に立ち、声を張り上げる。



「えー。他にいないなら、オレがクラス委員でいいか?」



 誰も何も言わない。

 頷きもしないし、首を横に振ることもない。


 恐怖と疑心で動けないのだろう。



「いいわよ。よろしくね」



 先生の承認を受けて、ケンは黒板に自分の名前を書いていく。



『遊馬 健次郎』



 まるでペン字のお手本のように、キレイで規則正しい筆跡だった。


 ケンはオーケストラの指揮者のような動作で振り返り、丁寧にお辞儀をした。



「色々と言いたいことはあると思う。実際、」



 見た目に似つかわしくない言動。

 クラス中がどよめいた。



「そうだな。最初は副クラス委員を決めないとな。申し訳ないが、指定させてもらう」



 コツコツと小気味のいい音を立てながら、ケンは名前を書いていく。


 1字1字。

 書き込まれるたびに、葵生の目を徐々に見開かれていった。



『早乙女 葵生」



「副クラス委員には、葵生――早乙女を指名します」

「……は?」



(流石に、今回の行動はおかしすぎるぞ)



 葵生が鋭い視線を送ると、ケンは無表情に視線を逸らすのだった。




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