第12話 ドキドキ初登校と、問題児クラス③
始業式を終えて。
ケンの家にて。
家主は、自分の頭蓋骨をしきりに気にしていた。
その姿を見て、葵生は眉を下げた。
「ケン、大丈夫?」
「まだ頭が痛い」
「すごい音なってたしね」
「まるで万力だった。相手の方が背が低いのに、クマににらまれているみたいだった」
「うわぁ。ご愁傷様」
「これ以上バカになったらどう責任取ってくれるんだよ……」
「まあ、ケンはバカな方がかわいいから」
葵生がシレッと言い切ると、ケンは微妙そうな顔をした。
「なあ、それは褒めてるのか?」
「どっちだろうね?」
肩をすくめる葵生を前に、ケンは狐つままれたように顔をしかめた。
「なんだよ、それ」
「ただ、僕の好みを言っただけだから」
「……それって、褒めてるってことだろ?」
「うーん、これが褒めているかどうかは、自信がないなぁ」
「どういう意味だ? オレは少し嬉しかったぞ?」
「うーん、それならいいんだけど」
歯切れが悪い物言いに、ケンは苛立ったように足をばたつかせた。
「葵生って、たまによくわからないこと言うよな」
「いや、まあ、うーん、そうなのかなぁ……」
葵生はしばらく考えた後、再び口を開いた。
「何が誉め言葉で、どんな言葉が怒りを買うのがわからないから」
「まあ、人それぞれだからな。その人によってとらえ方が違う」
「それがおかしいって。言葉って意思疎通の道具でしょ? それが『人によってとらえ方が違う』って、かなり重大な欠陥じゃない?」
「まあ、そんなことに不満持ってたらキリがないけどなぁ」
「確かにそうだけど、モヤモヤする」
葵生は話を戻す。
「そもそも褒められた経験なんてほとんど無いから、褒めるってよくわかんないんだよね」
「あー。そういう家庭だもんな」
葵生は自分の家庭について詳しく話していないけど、ケンはある程度察している。
「ケンはどうなの?」
「親には褒められた記憶はないけど、他の人に褒められてたし」
「あー。家に家政婦とかがいたんだっけ」
「ああ。とてもやさしい人で、よくしてもらってた」
葵生の眉がピクリと反応した。
「その人って、若い女の人?」
「いや、オバサンだったが。それがなんだ?」
「若い家政婦ならエロいなぁ、って思っただけ」
「……冗談でもやめれくれ」
嫌な想像をしてしまったのか、ケンの眉間に深いシワが刻まれた。
だけどすぐに何かを閃いたのか、表情を明るくした。
「そうだ。オレがいっぱい誉めてやろうか?」
「ケンが僕を?」
「そうだ」
「どうせおっぱい中心でしょ」
「……否定はできない」
葵生は思わず笑ってしまった。
「それでも、葵生の褒められるところは他にもあるぞ」
「なに? どんなとこ?」
「すぐになんでも受け入れるところとか」
「別に、なんも考えないようにしてるだけだよ」
「本当に楽しそうに笑うところとか」
「別に、悩み事を忘れるために笑ってるだけだよ」
「オレなんかと一緒にいてくれるし」
「別に、ケン以外に興味がないだけだよ」
天井を見上げる葵生に、ケンは困り顔を向けた。
「なあ、なんで素直に受け取らないんだ?」
「まあ、見方の問題かなぁ」
「嬉しそうにしてくれると、こっちも褒める甲斐があるんだが」
本人は自覚していなかったけど、かわいらしく小首を傾げた。
「うーん、よくわかんない」
しばらく、無言の時間が続いた。
その間、ケンは虚空を見つめる葵生の顔をじっと凝視していた。
「あーもー。こんな話は止めだ止めだ」
ケンが寝転がると、葵生は「そうだね」と小さく呟いた。
「そういえば、次の撮影はどうする?」
ユーチューバーとしての撮影のことだ。
「あー。それなんだが、もう止めないか?」
「なんで? これからでしょ。せっかく伸びてきたんだから」
「まー、それもそうなんだが……」
ケンが次の言葉を紡ぐのに、少しの間があって、まるで今理由を考えているようだった。
「最近、どうしても気乗りしなくてな」
「……やる気がない?」
「まあ、そのうち」
プチン、と小さな音が薄暗い部屋に響いた。
不思議そうにケンが顔を向けると、葵生は谷間を見せつけていた。
しかも、雑に着けられたブラジャーがわずかに見え隠れしている。
「じゃあ、僕のおっぱい揉めば、やる気でる?」
ゴクン。
喉の鳴る音。
「いや、やめておく」
ケンが顔を赤くしてそっぽを向いてしまうと、葵生は不服そうに頬を膨らませた。
(久しぶりに会えて、バカやれると思ってたのに)
少し強く、ケンの足を軽く蹴るのだった。
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