第11話 ドキドキ初登校と、問題児クラス②

 通学路を歩いていくと、少しずつ同じ制服の学生が増えていく。

 2列になって、友達と話しながら歩く人。

 英単語帳を見ながら歩く人。

 イヤホンを着けているけど、少し音漏れしている人。

 どこかオロオロしている人。

 恋人と手を繋いでいる人。


 様々な学生が、それぞれの歩幅で通学路を歩いている。


 そんな中でも、春休みの間に性別が変わる奇妙な体験をしたのは、葵生だけだろう。



(うーん、少し注目されている気がする)



 男の時には、特に周囲の視線は気にならなかった。

 それなのに、葵生は今敏感になってしまっている。


 『どこの誰が、自分のどこを、どんな視線で見ているのか、わかってしまう。


 女になったせいなのか、それとも女の姿に慣れていなくて過敏になっているせいなのか。

 葵生本人にもわからないけど、確かに視線を感じるようになっていた。

 


(制服の着方、間違えたとか?)



 葵生は周囲の女子生徒を観察し始めた。

 だけど、特に自分の着方が間違っているとは思えなくて、さらに不可解そうな表情を浮かべた。


 しばらく歩いていると、校舎が見えた。

 年季の入っているけど、特に特徴のないデザインをしている。


 昇降口をくぐり、新しいクラス表を確認する。



「お、ケンと同じクラスだ」



 その他にも、あまりクラスメイトに興味がない葵生でも知っている名前がチラホラある。

 


(これは問題児を集めたなー)



 去年までは問題児を分散させていたはずなのに、今年は1つのクラスに集められている。

 しかも、なぜか文系も理系も混合だ。



(どんな先生が担任何だろうか)



 相当な人間でないと、こんなクラスをまとめられるわけがない。

 葵生は少しワクワクしながら、廊下を進む。


 だけど、すぐにハッとした。



(あ、間違えた)



 無意識に、去年使っていた教室の前まで来てしまっていた。


 去年まで自分がいた教室、使っていた机。

 知らない後輩達で埋まっていた。



(なんだかなぁ)



 寂しさに似た感情を抱きながら、新しい教室へと向かう。


 黒板には席表が貼られていて、



(どういう順番で決まってるんだ? これ)



 五十音順ではない、不思議な並びだった。

 ランダムなようにも意図的なようにも見える。


 葵生は考えながら、自分の席へと向かう。



(なんか僕の机、他のと比べてボロくない?)



 椅子の上にお尻を置くと、ギシギシと音が鳴った。

 机はバランスが悪くてグラグラしているし、お世辞にもあまりいい状態とは言えない。

 


(まあ、マシな方か)



 窓際の席だったから、校庭を眺めながら時間をつぶすことにした。


 3分ほど経った頃だろうか。



「よっ!」



 声を掛けられて振り向くと、知っている顔が手を上げていた。

 


(うわ、神メイトじゃん)



 苗字に『神』の1文字が入っている、

 今年も同じクラスだった。



「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「ま、まあ……」



(周囲の認識も、ちゃんと『元から女』になってるんだよな?)



 書類も何もかも女になっていたし、周囲から女になって驚かれることはない。

 全部、葵生を女に変えた神様の力なのだろう。


 神メイトはずっと葵生の胸元を見ている。

 ちっとも隠そうとしていなくて、ある意味で清々しい。

 


「なあ、お前、豊胸した?」



(なんだ、こいつ?)



 葵生の眉が思わず険しくなる。



「いや、してないけど。何でそんなこと訊くの?」

「なんて言ったらいいのかな。俺、学校中のおっぱいを記録してるんだよ」

「はあ?」



 思わず、素の声が出た。



「いくら思い出そうとしても、早乙女――じゃなくて、葵生のおっぱいを思い出せないんだ。俺のおっぱい模写帳にも描いてない」



(あー。神様、そこまで細かいことはしていないのね)



 認識を『元から女』に変えても、細かい記録や記憶までは変わっていないらしい。

 例えば、過去に男子トイレで話したことある人は『なぜか男子トイレで女子の早乙女葵生と話したことがある』けど、違和感を感じないようになっているのかもしれない。



「いや、普通にキモイんだけど」

「そこに立派なおっぱいがあるのだから、記録しない方が失礼だろ」

「どれだけ好きなの……?」

「俺が総理大臣になったら、女性の豊胸手術を義務化するね」



(こいつ、ケンと気が合いそうだ)



 同時に、絶対に会わせない方がいい気がした。

 もしも意気投合してしまったら、葵生のおっぱいがどうなるかわかったものじゃない。


 ちなみに、クラス中の女子はドン引きしている。

 神メイトの扱いはすでに決まってしまっただろう。


 チャイムが鳴ると同時に、ガラガラと先生が入ってきた。



「全員揃っていますか?」



(さて、どんなせんせぃ……が……)



 教壇へと歩く先生を見て、クラス中が凍り付いていた。



「へ?」



 マッチョだった。

 しかも、ただのマッチョじゃない。

 女性のマッチョ。


 スーツが小さいのか、パツパツになっているけど、それがマッチョを引き立てている。


 顔は小動物のように可愛らしいのに、ゴリラのような体躯をしている。



(こんな先生、いた!?)



 先生はマッチョな体に似つかわしくない、優しい笑みを浮かべた。



「えー。このクラスの担任になりました。小枝こえだもえです」



(小枝先生!?)



 小枝先生とは、先生になりたてホヤホヤの女教師だ。

 体が細くて気弱だけど、生徒に寄り添う姿勢で人気があった。

 さらには声も顔もかわいらしくて、本気で告白する男子生徒がいたほどだ。


 よく見れば、顔は確かに知っている小枝先生。

 だけど、体は全くの別物だ。



「皆さんはこう思っていることでしょう。『なんでそんなに変わったのか』と」



 静かな生徒達を前に、小枝先生はしたり顔で告げる。



「皆気付いていると思いますが、ここは問題児が集められたクラスです」



(いや、本人たちに堂々と言うなよ)



 誰もが文句を言いたいはずだ。

 だけど、みんな唖然と固まってしまっている。



「このクラスが作られることは、半年前の職員会議で決まりました。問題児をまとめて、腕のいい先生にまとめてもらおう、という案でした」



 小枝先生は誰も訊いていないのに語り始めた。

 もちろん、筋肉を前に異論を唱えられる生徒はいない。



「当時の私は『私が選ばれるわけがない』と安心しきっていました。ですが、突然私に白羽の矢がたったのです。それ以来、私は悩み続けました。不安に苛まれました。ですがある日、気づいたんです」



 自信に満ちた顔で、力こぶを作った。



「私はこんなに細い体だから弱いのだ、と。そして半年間、努力を続けました。プロテインを飲み、筋トレに励みました。でも、私の体はずっと薄いままでした。それでも不安を払拭するように、筋トレを続けることしかできませんでした」



 小枝先生は突然、教団をバンと叩いた。

 


「ですが、春休みの間、劇的な変化が起きたんです。私の筋肉はドンドンと肥大化し、今の体を手に入れたのです」



(いや、なんでそうなる?)



 葵生は困惑顔から表情を変えられなかった。

 この場に理解が追い付いている生徒は誰もいないだろう。



「そういうことで皆さん、1年間よろしくお願いします」



 顔は元の優しくて気弱な先生のままなのに、体にはこれでもかという程の筋肉がついている。



 ガラガラガラ、と。



 突然、扉を開く音が響いた。

 悪びれもなく入ってきたのは、ケンだ。



「すいませーん、遅れました」

「初日から遅刻とはいい度胸ですね」

「え、ダレ!?」



 あっという間にアイアンクローを決められたケンは、メシメシと骨がきしむ音を響かせながら、床へと崩れ落ちていった。


 ヤンキーが、ムキムキな女先生に倒された。

 しかも、去年はナヨナヨしていた先生に。


 あまりにも一瞬の出来事で、誰もが息をするのも忘れている。



(この人が一番変わったんじゃないか?)



 自分が女体化したことなんて、ちっぽけに思えてしまう葵生であった。

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