第9話 高校3年生前夜 side:葵生 

 葵生の額に、じっとりとした汗が伝った。



「くそっ!」



 悪態をつきながらも、全く動きは止めない。

 汗でぐっしょりと濡れたTシャツは、肌に貼りついて透けている。

 谷間は蒸れていて、冷たい水をかけたい衝動に襲われたけど、葵生はペットボトルの1つも持ってきていないことに気付いて、舌打ちをした。


 うんざりした表情の顔を上げると、長い石階段が広がっている。

 

 1歩。

 1歩。

 確実に進んでいく。



 誕生日プレゼントを買った日から、1週間が経った。



 もう、ケンの誕生日は過ぎてしまった。

 しかも、始業式は明日に迫っている。

 それなのにケンとの連絡は全く取れなていない。

 既読はついているのに返事がこないし、家に突撃しても電気メーターすら回っていなかった。


 今は最後の望みにすがって、石階段を登っている。


 『包根神社』。

 あいさつ代わりに鳥居を思いっきり殴ると、幼女の神様が姿を現した。



『いや、何しに来たんですか? また動画でも撮りにきたんですか?』

「ケンはどこだ?」

『ケンって、確かあなたと一緒にいたヤンキーてますよね?』

「何か知ってるんじゃないのか?」



 神様はフッと嗤った。

 人をバカにしたような笑い方だ。



『知ってても教える道理はないですね』

「ここで暴れるぞ、容赦なく。今はケンがいないから、遠慮する理由もない」

『おーこわいこわい。ですけど暴れたとしても、彼はすぐに戻ってきませんよ』



 思わず拳に力が入る。



「どういうことだよ」

『これ以上は言えません。彼のプライベートにかかわることですから』

「……いいから教えろ」



 いくらにらみつけても、神様の顔色は変わらない。



『別に、ワシに訊く必要はないんじゃないんですか? 本人に訊けばいいんですよ』

「それができれば」

『既読はついてますか?』



 葵生はかたくなに答えないが、肯定しているのと同じだ。



『あなた、避けられているのでは?』



 葵生の顔が歪むのを見て、神様はコロコロと無邪気に笑った。



「そんなわけ……」

『否定できないでしょう? 所詮は他人ですから。本当の気持ちなんてわからない』

「そんなの、当たり前だろ」

『当たり前ですけど、誰も気にもとめていないんですよ。他人の気持ちを自分のいいように勝手に解釈して、頼まれてもないのに代弁する。それが人間という生き物の習性ですものね?』



 葵生は怒りに任せて、神様を押し倒した。

 そのまま馬乗りになって、細い首に手をかける。



「黙れよ。お前みたいなメスガキに何がわかる」

『メスガキで結構ですよ。最近人気らしいじゃないですか。ざーこざーこ♡』

「その人を食ったような言動をやめろ」

『あらら。心外ですね。人を食べたことなんて、あまりないんですけど』

「おい、話を煙にまくのはやめろ」



 葵生のドスの利いた声に対して、神様は鈴のような笑いを返した。



『はてさて、それでヤンキーさんについてでしたっけ』

「そうだよ」



 葵生はぶっきらぼうな声。



『んー。どこまで話すか悩みますね……』

「どうせ何も知らないんだろ?」

『ほー。安い挑発ですね』



 神様は「べー」と舌を出した。



『ですが、乗ってあげませんよ。これからが楽しくなるんですから』

「本当にヘドが出る」

『いいですね。その蔑み、たまりませんよ』

「お前は何がしたいんだよ」

『別に、楽しみたいだけですよ。あなた達は、今までにないおもちゃなんですから、もっと楽しませてください』



 葵生は神様の瞳をキッとにらみつけた。

 彼女の瞳は、まるで宇宙のようにきらめていて、人間とは別の存在だと物語っている。。


 その瞬間、葵生の中で何かが弾けた。

 とっても大事だけど、うすっぺらいものが。



『何を泣いてるんですか?』

「うるさい。泣いてなんかない」

『いや、涙も鼻水も出てますよ?』

「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいっ!」

『あなたは子供ですか? あの世にいるママも泣いてますよ?』

「お前っっ!!!」



 幼女姿の神様の細い首。

 少し力を入れるだけで、空っぽのペットボトルみたいに簡単にひしゃげた。

 人間だったら、確実に死んでいるだろう。

 だけど、当の本人はまったく苦しそうな様子はなくて、それどころか涼し気な顔をしている。



『あははははははははははははっはははっはははははっはははっははは!!!!』



 突然、神様は愉快そうに笑い始めた。

 あきらかに正気ではなく、カラスも逃げ出すような狂気があふれ出ていた。


 山全体が揺れていると錯覚するほどの笑い声。

 そんな中、葵生のポケットが揺れた。

 笑い声と比べるとちっぽけな通知音だったけど、葵生は決して聞き逃さなかった。



《いや、お前ちょっとこわいんだけど。メッセージと着信の量が異常なんだが》



 メッセージが目に入った瞬間、思わずえくぼが出来てしまう。



《電話していいか?》

《怖いからダメだ》

《なんでだよ》



 ケンからの返信を待たず、さらに送る。 



《明日から学校だぞ》

《大丈夫だ。ちゃんと行ける》

《何があったんだ?》

《ちょっと親と揉めていただけだ》



 葵生はケンの家庭環境について、詳しくは知らない。

 ただ、かなりの放任主義で、ケンを一人暮らしさせていることは知っている。


 だけど、ケンが『オレは親に見捨てられている』と呟いていた姿は忘れられない。



《いつでも助けるから》

《ありがとう》

《これからも一緒にバカやろうな》



 トントン拍子で返ってきていた返事が、突然止まった。

 一瞬のうちに、葵生の中では様々な不安が渦巻く。

 


《そうだな。高校最後の一年間、大切にしよう》



 その言葉に嬉しく思ったのも束の間、脳内に疑問符が浮かぶ。 



(少し、ケンらしくないな)



 不可解に思いながらも、葵生は立ち上がって包根神社を後にした。


 その後ろ姿を眺める神様。



『彼女、いい感じに壊れてますねー。同類の匂いがします』



 首を自分で直しながら、下卑た笑いを浮かべていた。





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話の内容が分かりやすいように改題しました


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