第8話 高校3年生前夜 side:ケン②

 春休みも終盤に差し掛かった頃。

 ケンはスマホの画面を見て、ニヤニヤしていた。


 映し出されているのは、葵生からのメッセージ。 

 ケンの誕生日プレゼントを買いに行っているらしかった。



(よく覚えてるよなぁ。誕生日なんて)



 内心嬉しく思いながら、机の上の昨年もらったネックレスを取り出した。



(今年は女の葵生からプレゼントをもらえる、ってことだよな)



 そう考えると、ついつい舞い上がってしまう。

 別に男の葵生からもらった誕生日プレゼントでも、ケンは心の底から嬉しく思っている。

 でも、今年の誕生日プレゼントは特別なものになる。


 初めて女子からもらったプレゼントになるのだから。



(楽しみだなー)



 ケンはルンルン気分で部屋中をスキップで走り回った。

 


 次の瞬間。

 胸がチクリと痛んだ。



 目の前が真っ白になって、その場でうずくまった。

 息が苦しくなって、胸が締め付けられた。

 まるで心臓の血管すべてに金タワシをねじ込まれたような激痛。


 必死に胸を押さえても、全く痛みは引いてくれない。

 それどころか、さらに激しくなっていく。



 ドクン


 ドクン


 ドクン



 耳元で響く脈動は、まるでカウントダウンのように聞こえた。

 少しずつだけど、確実に弱まっていく。


 あと何回鼓動を続けられるだろうか。

 苦しむのだろうか。

 生きられるのだろうか。


 本当に苦しくて、痛くて、意味が分からない。

 ふと、思ってしまう。



 早く楽になりたい。



 脳裏に浮かんだのは、人の影。

 葵生の姿。


 女の姿なのか、男の姿なのか、わからない。

 それでも、葵生であることは分かった。


 初めて出会った日。

 自分と同じようにガラスを割っている少年を見つけて、感動した。

 

 それからずっと一緒にいた。

 一緒の高校に行くのだと知って、運命を感じた。


 葵生との生活は、今までの人生の中でぶっちぎりで楽しかった。


 高校を卒業しても、当然のように一緒にいると信じていた。


 だから――



(こんなところで、死んでたまるかよっ!)



 ズボンのポケットから、スマホを取り出す。

 だけど、指もまともに動いてくれない。

 目が霞んで、まともに画面が見えない。



(くそっ!)



 それでも、必死に操作をして、救急車を呼んだ。



 そして、搬送された病院で告げられた。



「非常に残念ですが、現代の医療では根本的な治療法がありません」



 その場には、ケンと医者、それに看護師しかいない。

 連絡はいったはずなのに、親は来る気配もなかった。


 心臓の病気。

 しかも、かなり珍しい症状らしかった。



「あの、オレはあとどれくらい……」



 ケンの言いたいことを察したのか、医者は力なく首を横に振った。



「断言はできませんが、なんの処置をしなければ1年持つかどうか」



 それは、あまりにも残酷な結論だった。

 ケンはすぐにスマホを取り出し、葵生にメッセージを送った。



《すまん、しばらく会えない。誕生日も、難しそうだ》

《大丈夫か?》



 本当はすべてを吐き出したかった。

 今すぐ電話をかけて、さっきまでの出来事を伝えたかった。


 だけれど、いくら振り絞っても勇気が出ない。



《大丈夫だ》

《何か困ったことが言ってよ》

《ありがとう》



 それからしばらく、検査入院をした。

 お見舞いには誰もこない。


 ただただ、同じ部屋で親に甘える少年を眺めていた。


 入院初日の朝、ふと考えてしまう。



 きっと、男に戻った葵生には会えない。



 いや、それ以前の問題だ。

 葵生と一緒にいていいのだろうか。


 体の芯が冷たくなった。


 ずっと一緒にバカをやると思っていた。


 

(葵生は、バカなオレを受け入れてくれる)



 どんなダメな人間でも、どんなにバカをやっても、一緒に笑ってくれる。

 ずっと一緒にいたいと思わせてくれる。


 それは、葵生が男でも女でも変わらない。



(でも、生きることもできない人間に、同じように触れ合ってくれるのだろうか?)



 想像する。

 もし余命1年を打ち明けた、その後のこと。


 今の葵生は美少女だ。

 見た目だけでも、多くの人に好かれるだろう。


 ヤンキーな見た目のケンが隣にいなければ、もっとイケメンで優しくて、なんでもできる男に好かれるかもしれない。


 それで徐々に必要とされなくなって、突き放されて、孤独になってしまう。

 受験に失敗して、親に見捨てられた時のように。

 


(……こわい)



 周囲から人がいなくなっていく。

 好きな人も。

 大事な人も。

 特別な人も。


 自分が無能なばかりに、みんなみんなみんな、離れていってしまう。

 とても冷たい目をして、心の底からの落胆を込めて言い放つんだ。



――お前、もういいよ。



 1年後に迫った死より、果てしなく恐ろしかった。



(だから、隠そう)



 余命が1年しかないことを。

 誰にも知られないように生きて、こっそりと消えよう。


 そうすれば、最後の1年間、怯えなくて済むから。






―――――――――――――――――――――――――

すみません、本日更新分から更新時間を12時38分に変更します


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