第6話 2回目の誕生日プレゼント

「ちょっといいですか?」

「……」



 駅前のメインストリート。

 葵生はジャージ姿で練り歩いている。


 周囲には人がごった返している。


 そんな中でも、葵生は人目を引いている。

 ジャージ姿なのはさほど問題ではなく、見目麗しい見た目とおっぱいが注目を集めている。


 だけど、当の本人は周囲の視線を鬱陶しいとさえ思っている。


 そんな中、年上の男性に声を掛けられてしまった。



「私、今母親へのプレゼントを一緒に選んでくれる人を探していまして……」



 見るからに冴えない男だった。

 年齢は20代前半だろうか。


 喋り方はどこかたどたどしくて、女慣れしていないことが見て取れる。

 十中八九ナンパだろう。



「よければ、一緒に選んでくれませんか? その後にお食事でも――」

「……僕には母親がいないのでわかりません」

「ぁ……」



 ボソリと告げると、男は足を止めた。


 ある程度歩いた後に振り向くと、早速気を取り直したのか、他の女に話しかけていた。



「すみません、アイドルに興味ないですか?」

「……」



 足を止めたせいか、また声を掛けられてしまった。

 今度はスーツを身にまとった、いかにもデキる男だ。

 おそらくは芸能事務所のスカウトマンだろう。


 相手は名刺を取り出してきたけど、無視を決め込んで撃退した。



「ねえ、いい話があるんだけど……」



 今度はオバサンだった。

 どこで買ってきたのかわからない趣味の悪い服を着ていて、手には紙袋が握られている。

 その中身はきっと、宗教とかマルチ商法の資料だろう。



(いい加減にしてくれよっ!)



 男の時にはここまで声を掛けられなかった。

 葵生は戸惑いながらも、走って逃げ去った。


 逃げ込んだ先は、近くのデパートのトイレだった。

 元々デパートに用があったし、ちょうどよかったのだ。



(まさか、女子トイレが安住の地になるなんて……)



 男の時には予想だにしていなかった。


 葵生は憂さ晴らしをするために、個室でスマホを取り出した。



《街の中歩くの、めっちゃ疲れる》

《どうしたんだ?》



 すぐにケンからの返信が来た。

 暇なのだろうか。



《めっちゃ声かけられる》

《ナンパか?》

《スカウトもくる》

《引く手あまただな》



 ケンのニヤニヤ顔がありありと浮かんで、思わず。



《イヤすぎる。ただ買い物したいだけなのに》

《何か買いたいものがあるのか?》

《ヒミツ》

《オレの誕生日プレゼントか? そろそろだからな》



 葵生は思わず《ちがう》と送りかけたけど、直前で思い直した。



《まあ、そうだけど》

《楽しみにしてる》

《何がいい?》

《ズルせずにちゃんと選んでくれ》



「……はぁ」



 思わず、深いため息が漏れ出た。



(ケンって、何で喜ぶのかよくわかんないんだよなぁ)



 そもそも、葵生にはケン以外から誕生日プレゼントをもらった経験がない。

 どんなものが誕プレにふさわしいのかがわからないし、ネットで調べてもフワッとしたことしか書いていない。

 だから、手探り状態でプレゼント候補を探すしかないのだ。



(まあ、ケンはなんでも喜ぶのかもしれないけど)



 それこそ、元男のおっぱいを揉んでも喜ぶぐらいだ。

 それでも葵生は手を抜くつもりはない。


 葵生とケンが出会って、もうすぐ2年が経とうとしている。

 1年目の時は知り合ったばかりで、誕生日パーティーなんてしなかった。



(2年目の前回は、ドクロのネックレスを贈ったんだっけ)



 たまに身に着けていた姿を、葵生は思い出した。



(今考えると、かなりダサいよなぁ)



 それでも、ケンは大事な日にはそのネックレスを身に着けてくれていた。


 葵生はトイレを出て、デパートでアクセサリーを物色し始めた。



「彼氏さんへのプレゼントですか?」



 鬱陶しそうに横を向くと、若い女店員だった。



(あー。そう見えるのか)



 今見ているのは男物のアクセサリーだ。

 今の葵生は女の姿だから、恋人へと贈り物を選んでいるように見えたのだろう。



(いや、今の僕、ジャージ姿なんだけど? どうして恋人いると思うの?)



 ふと、近くを通り過ぎる女子高生の集団が見えた。

 みんなジャージを着ていて、テニスバッグを担いでいる。



(あー、部活帰りと思われてるのか。今は春休みだし、珍しくないのかも)



 疑問が解消されて、葵生は目の前の女店員を見た。

 どうせ他に相談する相手もいないのだから、と話しをすることにした。



「いえ、ただの友達……男友達です」

「あ、そうなんですねー」



 店員さんはさらにニコニコ笑顔になって、生暖かい視線を向けてくる。

 完全に勘違いされている、と葵生は感じ取った。



(なんなんだよ)



 ただただ腹が立つ。

 他人に自分とケンの関係を邪推されて、勝手に決めつけられている。

 葵生にとって、ケンは悪友だ。

 一緒にバカをやれる存在であって、恋愛対象ではない。


 そもそおも、葵生には恋愛する気が全くない。

 かけがいのしない、特別な存在。

 もしその相手がいなくなったらどうなるのだろうか。


 

(僕の親父みたいに、壊れる)



 怖かった。

 不気味だった。

 あんな風になるくらいだったら、一生恋愛なんてしたくない。 


 一生恋人なんていらない。

 子供なんていらない。

 家族なんていらない。



「どうしましたか?」

「あ、いえ……」



 いつのまにか、自分の世界に入りすぎていた。



「その友達はどんな人なんですか?」

「全部をメチャクチャにしてくれる人、ですね」

「メチャクチャ、ですか?」



 女店員は困惑をあらわにしていた。


 葵生はケンだけいればいいと思っている。

 ケンのせいで人生がメチャクチャになってもいいとさえ、考えてしまっている。


 いや、違う。

 人生をメチャクチャにしてくれるから、いいのだ。


 ケンと一緒にいれば、修正不能なぐらい人生が壊れる。

 初めて会った時、直感したのだ。 



「こちらなんてどうですか?」



 女店員に勧められたピアスは、とてもシンプルなデザインだった。

 お値段を見ると、予算ギリギリ。

 なにより、ケンが身に着けた姿を見て見たいと思えて、即決した。



「これでお願いします」 

 


 女店員のホクホク顔を見ないようにしつつ、会計を済ました。



(ケン、喜んでくれるかな)



 ピロン、と。

 スマホの通知音が鳴った。

 ケンからのメッセージ。



《すまん、しばらく会えない。誕生日も、難しそうだ》

《大丈夫か?》



 不自然な間があった。



《大丈夫だ》

《何か困ったことが言ってよ》

《ありがとう》



 スマホから視線を外して空を見上げると、真っ黒い雲が分厚く重なっていた。

 雷鳴が鳴り響いた次の瞬間には、雨のカーテンが周囲を包み込んだ。


 息をするのもやっとなほどの勢い。


 髪の毛先から毛糸のように水が流れ落ち、ジャージは排気ガスで汚れた雨粒を吸って、ドンドン重くなっていく。

 それでも、葵生はただただ空を見つめ続けた。


 しばらくして雨を浴び続けていたのだけど、突然ハッとした。



(あ、プレゼントが濡れちゃう)



 葵生はプレゼントをかばうように抱こうとしたのだけど、自分の胸を見て、ふと閃いた。


 プレゼントをおっぱいの下に潜り込ませると、ちょうどぴったり覆い隠すことが出来た。



(こういうとき、大きい胸はちょっと便利だな)



 少し満足げな顔を浮かべながら、近くのコンビニへ雨宿りしに行くのだった。 

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