第5話 揉む者と揉まれる者

「外に遊びにいかないか?」

「ダメ。まだ宿題終わってないから」



 ケンの家にて。

 葵生は春休みの宿題と格闘している。


 ケンの部屋はキレイに整頓されていて、隅々まで掃除が行き届いている。

 乱雑に放られた服もなければ、床を覆い隠すゴミもない。葵生の部屋とは大違いだ。



「……なんだよ。オレと宿題、どっちが大事なんだよ」

「大事かどうかじゃなくて、優先度の問題。今は宿題の方が優先度が上。大体、比べるものじゃないてましょ」

「じゃれ合いで正論を叩きつけるなよ……」



 葵生はノートに、ギリギリ読めそうなレベルの文字を書き連ねていく。

 あえて崩しているわけではなく、単純に字が下手なのだ。



「なあ、女としての生活はどうなんだ?」

「なんも変わらない。ションベンの仕方が変わるぐらい」

「お前、もっとエロいことはしないのか? 女の方が快感が強いって言うだろ」

「最初はしたけど、なんか飽きた」

「飽きるものなのか?」

「まあ、元々そんなにマスをかかない。場所もないし」



 ケンは思わず、咳き込んでしまった。



「オレから話を振ってなんだが、女の姿で臆面もなく言わないでくれ」

「いいじゃん。姿は変わっても僕は僕だよ」

「こっちの心臓が持たないんだが」

「僕のおっぱい揉んでる男が言っても、説得力がないんだけど」



 ケンは「たしかに」と苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

 だけど、葵生のおっぱいを軽く揉むと、すぐにご機嫌な顔に戻る。


 葵生は今、座椅子に座るケンの上に座っている。

 宿題の邪魔をされないようにおっぱいを揉ませているのだ。

 


「とてもいい揉み心地だ」



 ため息混じりの声に、葵生がピクリと動いた。



「まあ、ケンが楽しければいいけど。ちゃんとご飯をおごってもらってるし」

「最初は本当に揉むつもりはなかったんだけどな」

「じゃあ、なんで頼んできたの」



 ケンはしばらく、言葉を選ぶように顎をさすった。



「あまりにも恥じらいが無いから、少し自覚してもらおうと思ってな。こっちからしたら、最初に触るのも恥ずかしかったんだぞ。今は多少慣れてきたが」

「別に、男の時とやってることは変わらないんだけど……」

「それは葵生視点での話だろ。こっちの心臓の事を考えてくれ」



 葵生が女体化してから、2日が経過した。

 生活。性格。週間。

 男の時と比べて、見た目以外はあまり変化がない。

 どちらかと言えば、変わったのはケンの認識だろうか。



「そういえば、戸籍は確認してきたのか?」

「してきた。ちゃんと女になってた。神様の力は恐ろしさを体感したね」

「服も全部か?」

「全部。サイズぴったりじゃなくて、ゆったりしたものばかりだったけど。そこは元々そういう服ばっかり持ってたから」

「なるほど。つまり、すぐに女として生活できるように準備されていたわけか」



 ケンは感心したように頷いた。



「まあ、ウチには服を新しく買う金もないから、助かったよ」

「そこまで神様に見抜かれていたりしてな」

「……考えたくもない」

「他には何か変わったことはあったか? 困ったこととか」



 ケンの興味本位の問いかけに対して、葵生は遠い目をして、窓越しの空を見上げた。

 


「一番女だと実感した出来事があるんだ」

「おー。そういうのを待ってた」

「買い物にスーパーに行ったとき、突然もよおしてしまって、トイレに入ったんだ」

「ほうほう」



 ケンは「来ました!」とばかりに相槌を打った。



「いつものクセで男子トイレに入ったら、めっちゃ叫ばれたんだよ。『どうして女が入ってくるんだ』って。逆に女子トイレに入っても何も言われなかったことに戸惑っちゃって……」

「あー。なるほど。周囲からの認識に驚いたのか」

「そういうこと。さすがに女の自覚が少し芽生えたね」

「それはいい傾向だ」



 ケンが嬉しそうに目尻にシワを作ると、葵生はため息をついた。


 それからしばらくの間、葵生がシャーペンを滑らせる『コツ コツ』という音だけが響いた。

 時計の針の音が響く中、ケンが口を開く。



「そういえば、ユーチューブの動画を確認したんだが」

「僕達が投稿したやつ?」

「ああ。過去に投稿したヤツも全部、確認した」

「それで?」

「葵生の姿は全部女になっていた」

「なんだよそれ」



 葵生の眉間にシワが寄った。

 苦労して、悪友と一緒に撮影した動画まで書き換わっているのは不快だったのだ。


 対照的に、ケンの表情はなぜか喜色で染まっている。



「それがこれだけで終わらなくてな」

「これ以上なにかあるの?」



 ケンはスマホの画面を見せつけながら口を開く。



「再生数がそこそこ伸びててな」

「はあ?」



 理解が追い付かず、本心からの疑問の声が漏れ出た。



「コメントもついたたぞ」

「なんて?」

「『いいおっぱいしてますね!』だと」

「…………」



 葵生は無言で、自分の胸に付属している脂肪の塊を見つめた。



「この後、動画でも撮らないか?」

「いや、さすがにエロはダメでしょ」

「露骨なヤツは受けないだろうから、少し強調するぐらいだな。ダンスを踊ってみるとか」



 不機嫌顔の葵生は、シャーペンの芯を先端から出し入れしながら熟考した。



「…………なんかイヤだ」

「オレに揉まれているんだから、今更だろ」



 シャーペンの先端でケンの腕をつつくと、小さく「いたっ」と声が響いた。



「これはケンだからいいんだよ。信頼してるから」

「……信頼」



 ケンは思わず、モゾモゾと動いた。



「ケン以外に揉まれたり、見られるのはさすがに抵抗感がある」

「……そうか」



 しばらく無言の時間が続いた。

 葵生のシャーペンを持つ手も止まっていて、時間だけが流れていく。



「なあ、オレにおっぱいを揉まれてると、どんな感じなんだ?」



 静寂を破ったのは、ケンの上擦った声だった。



「くすぐったい」

「くすぐったいだけか?」



 ケンの手が、静かに悪友のおっぱいに触れた。



「くすぐったい以外に、特に感じない」

「マジか。もっと揉み方を練習するか」

「気持ちよくしたら、もう揉ませないから」

「なんでだよ」



 葵生はケンの腕に触れながら、少しだけ空中を眺めた。



「解釈違いだから」

「よくわからん」

「うーん、僕もうまく言葉にできない。とにかく、イヤなものはイヤだ」



 葵生の言葉を聞いたケンは、ゆっくりと葵生のおっぱいから手を離して、彼女の頭を撫で始めた。



「ん? どうしたの?」

「なんか恥ずかしくなってきた」

「なんだよ、それ」



 ケンが顔を赤くすると、葵生は「意味がわからない」と言わんばかりに眉をひそめるのだった。






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