第32話 最後の抵抗

 意識が闇の中を漂っている。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 秒か、分か、それとも時間だろうか。

 全てが曖昧で、ぼんやりとしている。


「ア……ヤカ……」


 かすかに聞こえる声。

 それは誰だろう。

 懐かしい、でも思い出せない。


「アヤカ!しっかりして!」


 今度は父の声だ。

 少しずつ意識が戻ってくる。

 目を開けようとするが、まぶたが重い。


「うっ……」


 やっとのことで目を開けると、ぼやけた視界の中に父の顔が見えた。


「よかった……意識が戻ったのか」


 父の声には安堵の色が滲んでいる。

 しかし、その表情はまだ緊張していた。


「お父さん……リリアは……?」


 私は必死に聞いた。

 父は少し顔を背けた。


「まだ……完全には戻っていない。でも、君のおかげで消滅は食い止められた」


 その言葉に、少し安心する。

 しかし、同時に新たな不安が湧いてきた。


「でも、なんで……」


 言葉を続けようとした瞬間、突然の衝撃が襲ってきた。


「うわっ!」


 私は思わず叫んだ。

 周りを見回すと、空間が歪んでいるのが分かった。

 まるで、現実が溶けているかのような光景だ。


「くそっ……まだ諦めないのか!」


 父の怒鳴り声が聞こえた。

 視線を向けると、そこには見覚えのある姿があった。


「タカハシ……!」


 虚空議会の幹部、タカハシだ。

 彼の周りには、黒いオーラのようなものが渦巻いている。


「邪魔するな……我々の野望を」


 タカハシの声は、まるで別の次元から響いてくるかのようだった。

 彼の手から、黒い霧のようなものが放たれる。


「危ない!」


 父が私を庇おうとした瞬間、突如として眩い光が現れた。


「なに!?」


 タカハシの声が驚きに満ちている。

 光が収まると、そこには長い白髪の老人が立っていた。


「マーカス長老……!」


 私は思わず声を上げた。

 アルカディアの長老マーカスだ。彼がなぜここに?


「タカハシよ、もうやめるんだ」


 マーカスの声は、静かだが力強かった。


「貴様……どうしてここに」


 タカハシの声には、明らかな動揺が感じられた。


 マーカスの手には、複雑な模様の杖が握られている。


「邪魔をするな!」


 タカハシが再び黒い霧を放つ。

 しかし、マーカスは杖を一振りしただけで、それを消し去った。


「無駄だ。君たちの力など、今の私には通用しない」


 マーカスの声には、絶対的な自信が感じられた。


 タカハシは歯噛みした。


「くそっ……仲間を呼ぶぞ!」


 そう言って、彼は何かの装置を取り出そうとした。

 しかし、その瞬間だった。


「させるか!」


 マーカスの杖から、まばゆい光が放たれた。

 その光は、タカハシの体を包み込む。


「ぐあっ……!」


 タカハシの悲鳴が響く。

 そして、彼の姿が光の中に溶けていくのが見えた。


「何を……した……」


 タカハシの声が、遠ざかっていく。


「安心しろ。君を封印しただけだ。もう二度と、両世界に危害を加えることはできまい」


 マーカスの言葉に、タカハシの姿が完全に消えた。


 静寂が訪れる。


「マーカス長老……ありがとうございます」


 父が、深々と頭を下げた。


「いや、礼には及ばん」


 マーカスは首を振った。


「むしろ、君たちこそ称賛に値する。両世界を救おうとした勇気、そして犠牲的精神に敬意を表する」


 その言葉に、私は胸が熱くなった。

 しかし同時に、不安も湧いてきた。


「でも、リリアは……」


 マーカスは、優しい目で私を見た。


「心配するな。彼女は必ず戻ってくる。君の勇気と愛が、彼女を呼び戻すはずだ」


 その言葉に、希望が湧いてきた。


「本当ですか?」

「ああ」


 マーカスは頷いた。


「しかし、まだ安心はできん。虚空議会の残党が、最後の抵抗を試みるかもしれない」


 その言葉に、父が身構えた。


「どうすれば……」

「私が食い止めよう」


 マーカスは断固とした口調で言った。


「君たちは、リリアを救うことに集中するんだ」


 私は頷いた。

 そう、今は全てをリリアに集中しなければ。


 その時、突然大きな轟音が響いた。


「なっ……!」


 振り返ると、空に大きな亀裂が走っているのが見えた。

 その向こう側には、アルカディアの風景が見える。


「やはり来たか」


 マーカスが呟いた。

 亀裂から、黒い霧のような物質が溢れ出してくる。


「虚空議会の最後の抵抗だ」


 マーカスが説明する。


「両世界を完全に崩壊させようとしている」

「そんな……」


 私は絶望的な気分になった。

 ここまで来て、全てが無に帰すなんて。


 しかし、マーカスの表情は変わらなかった。


「心配するな。私が食い止める」


 そう言って、マーカスは亀裂に向かって歩き出した。

 彼の体から、まばゆい光が放たれ始める。


「マーカス長老……」


 私は呟いた。彼の背中が、とても頼もしく見えた。


「アヤカ」


 マーカスが振り返った。


「君はリリアを救うんだ。それが、両世界を救う鍵になる」


 私は強く頷いた。


「はい!」


 マーカスは満足そうに微笑み、再び亀裂に向き直った。

 そして、彼の体から放たれる光が、黒い霧と激しくぶつかり合う。


 まるで、光と闇の戦いのようだった。


 私は、リリアの元へと向かった。

 彼女を救い、そして両世界を救う。

 それが、今の私にできる唯一のことだった。


 マーカス長老の戦いを背に、私は全身全霊でリリアに呼びかける。


「リリア……戻ってきて」

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