第31話 リリアが犠牲になるなんて嫌だ

 リリアの姿が光の中に溶けていく様子を目の当たりにして、私の中で何かが弾けた。


「ダメ……こんなの絶対にダメ!」


 私は叫んだ。

 リリアの犠牲を受け入れることなど、できるはずがない。

 彼女がいない世界など、想像したくもなかった。


「アヤカ……」


 父の声が聞こえた。

 振り返ると、父が複雑な表情で私を見つめていた。


「お父さん、何か方法があるはず!リリアを救う方法が……!」


 私の叫びに、父は静かに頷いた。


「そうだな。君なら、きっと何か思いつくはずだ」


 その言葉に、私の中で何かが動いた。

 そうだ、諦めてはいけない。私には、リリアを救う責任がある。


 私は必死で頭を巡らせた。

 これまでの研究、実験の結果、全てを総動員して考える。

 そして、ふと閃いた。


「そうか……あの時の……!」


 私は思わず声を上げた。

 以前、リリアと私の間で起きた共鳴現象。

 あの時、私たちの魔力と生命力が共鳴し、互いに影響を与え合っていた。


「もし、あの現象を応用できれば……」


 私は急いで父の元に駆け寄った。


「お父さん、覚えてる? 以前リリアと私の間で起きた共鳴現象」


 父は少し考え込んでから、頷いた。


「ああ、あの不思議な現象か。君たち二人の魔力が同調して……」

「そう、それよ!」


 私は興奮気味に言った。


「あの時、私たちの生命力も共鳴していたんだ。もし、あの原理を応用できれば……」


 父の目が大きく見開かれた。


「まさか、君は……」


「ええ」


 私は決意を込めて言った。


「私の生命力をリリアに分け与えるの」


 父は驚きの表情を浮かべた。


「でも、アヤカ。それは危険すぎる。君の命も危うくなるかもしれない」

「わかってる」


 私は静かに答えた。


「でも、このままリリアを失うよりはマシよ」


 父はしばらく黙っていたが、やがて深いため息をついた。


「わかった。どうすればいい?」


 その言葉に、私は勇気づけられた。

 急いで、頭の中でプランを練り上げる。


「まず、魔力増幅装置を改造する必要があるわ。生命力を直接扱えるように」


 私は父に指示を出しながら、自分も装置の改造に取り掛かった。

 時間との戦いだ。

 リリアの姿が、刻一刻と薄れていく。


「それから、私たちが開発した魔力制御アルゴリズムも使えるはず。生命力の流れを制御するのに応用できるわ」


 父も黙々と作業を進めている。

 彼の手際の良さに、私は感謝の念を覚えた。


「アヤカ、これでいいか?」


 父が改造した装置を差し出す。

 私は急いでチェックした。


「うん、完璧よ。あとは……」


 私は躊躇った。

 最後の一歩を踏み出すのは、想像以上に怖かった。


「大丈夫か?」


 父の声に、私は我に返った。


「ええ、やるわ」


 私は深呼吸をして、装置に手をかけた。

 そして、リリアの方に向き直る。


 彼女の姿は、もはやほとんど光と化していた。

 その光の中心に、かすかに人の形が見える程度だ。


「リリア、聞こえる? 私よ、アヤカ」


 私は呼びかけた。

 返事はないが、光の揺らぎ方が少し変わったような気がした。


「もうすぐ助けに行くからね。だから、もう少しだけ頑張って」


 私は装置のスイッチを入れた。

 すると、私の体から淡い光が放たれ始めた。

 その光は、リリアを包む光と同じ色だった。


「さあ、行くわよ」


 私は意を決して、リリアに向かって歩き出した。

 光の壁に触れた瞬間、激しい痛みが全身を走った。


「くっ……!」


 歯を食いしばる。

 この程度で諦めるわけにはいかない。


 一歩、また一歩と、私はリリアに近づいていく。

 光の壁を突き進むたび、体力が急速に奪われていくのを感じた。

 しかし、それ以上に強い意志が私を前に進ませる。


「リリア……もう少しよ……」


 視界が霞み始めた。

 意識が遠のいていく。

 でも、まだダメだ。もう少しで……。


 そして、ついに私の手がリリアの光に触れた。


「つかまえた……!」


 その瞬間、強烈な光が私たちを包み込んだ。

 まるで、宇宙の誕生を目の当たりにしているかのような、圧倒的な光景だった。


 私は必死でリリアの手を掴もうとした。

 光の中で、かすかに人の形が見える。


「リリア!私の声が聞こえる? 戻ってきて!」


 私は叫んだ。

 そして、自分の生命力を、全てリリアに向けて解き放った。


 激しい痛みと共に、私の意識が遠のいていく。

 でも、最後まで諦めるわけにはいかない。


「お願い、リリア……戻ってきて……」


 そう呟いた瞬間、私の手に温かいものが触れた。

 それは、間違いなく人の手のぬくもりだった。


「ア……ヤカ……?」


 かすかな声が聞こえた。

 リリアの声だ。


「リリア!」


 私は喜びの声を上げた。

 しかし、その直後、意識が完全に闇に落ちていった。


 最後に聞こえたのは、父の叫び声と、リリアのか細い声。

 そして、私の中で何かが大きく変化していくのを感じた。


 これで良かったのだ。

 たとえ私の命と引き換えだとしても、リリアを救えたのなら……。


 そう思いながら、私は深い眠りに落ちていった。

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