第29話 消えゆくリリア

「アヤカ!これを!」


 父の声に振り返ると、彼が魔力制御装置を私に投げ渡すのが見えた。

 私は咄嗟にそれを受け取り、急いで起動させる。

 装置から放たれる電磁波が、リリアを包む魔力の壁と共鳴を始めた。


「頼むから……」


 私は祈るような気持ちで、装置の出力を上げていく。

 するとどうだろう。

 魔力の壁にわずかながら揺らぎが生じ始めたのだ。


「リリア!聞こえる?」


 私は叫んだ。

 しかし、返事はない。

 リリアの体は、今や半分以上が光の粒子と化していた。

 その姿は、まるで天の川のように美しく、そして儚かった。


「くそっ……」


 歯を食いしばりながら、私は必死に装置を操作し続けた。

 そして、ついに……。


「あっ!」


 魔力の壁に、小さな隙間が開いた。

 私は躊躇なくその隙間に体を押し込み、リリアに近づく。


「リリア!しっかりして!」


 私は叫びながら、彼女の手を掴もうとした。

 しかし、その手はまるで霧のように私の指をすり抜けてしまう。


「うっ……」


 目の前で起きていることが、にわかには信じられなかった。

 リリアの体が、文字通り消えていっているのだ。

 そして、その過程で放出される莫大なエネルギーが、時空の亀裂を修復し続けている。


「やめて、リリア!もう十分よ!」


 私は必死に叫んだ。

 しかし、リリアの目は虚空を見つめたまま。

 彼女の意識が、もはやこの世界にないかのようだった。


 その時、不意に私の中で何かが「カチリ」と音を立てた。

 それは、科学者としての直感だった。


「まさか……」


 私は急いで魔力制御装置のデータを確認する。

 そこに表示された数値を見て、私は愕然とした。


 リリアの体から放出されるエネルギーの量。

 時空の亀裂の修復速度。

 リリアの体の崩壊進行度。


 これらの数値を見比べて、私は恐ろしい事実に気がついた。


「この術式……リリアの生命力そのものを燃料にしている……!」


 その瞬間、私の全身に冷や汗が流れた。

 つまり、この術式を続ければ続けるほど、リリアの存在そのものが消えていってしまうのだ。


「やめて!リリア、聞こえる?もうやめて!」


 私は必死に叫んだ。

 しかし、リリアの様子に変化はない。

 彼女の体は、今や七割がた光の粒子と化していた。


「このまま続けば、リリアは……消滅してしまう」


 その事実を認識した瞬間、私の頭の中で様々な思いが駆け巡った。


 リリアを救いたい。

 でも、このままでは世界が……。

 術式を止めれば、時空の亀裂の修復も止まってしまう。

 両世界は崩壊の危機に……。

 でも、大切な友達を犠牲にしてまで世界を救う価値があるの?


 私の中で、科学者としての冷静な判断と、友人を失う恐怖が激しく衝突した。


「どうすれば……」


 私は呟いた。

 その時、リリアの口がかすかに動いたのが見えた。


「アヤカ……大丈夫……これで……いいの……」


 その言葉に、私の心臓が締め付けられるのを感じた。

 リリアは、自分の運命を受け入れているのだ。

 彼女は、世界を救うために自分を犠牲にする覚悟を決めている。


「いや……そんなの絶対ダメよ!」


 私は叫んだ。

 しかし、その声は空しく響くだけだった。


 時空の亀裂は、確実に閉じていっている。

 街の風景も、少しずつ元の姿を取り戻しつつあった。

 世界は、確実に救われつつある。


 しかし、その代償があまりにも大きすぎる。


「お願い、リリア……戻って……」


 私の声は、もはかすれた悲鳴のようだった。

 目の前で大切な人が消えていくのを、ただ見ているしかできない。

 この無力感、この絶望感。

 私は再び膝をつき、そのまま地面に倒れ込みそうになった。


 その時、父の声が聞こえた。


「アヤカ、まだ諦めるな!」


 振り返ると、父が必死の形相で何かを操作している。

 よく見ると、それは魔力制御装置の改良版のようだった。


「これを使えば、もしかしたら……」


 父の言葉に、私の中に小さな希望が灯った。

 しかし同時に、冷静な判断力も働いた。


「でも、それで術式を止めたら、世界は……」


 私の言葉に、父は一瞬動きを止めた。

 彼の目には、複雑な感情が浮かんでいた。


「そうだな……でも、アヤカ。君はどうしたい?」


 その問いかけに、私は言葉を失った。

 世界か、リリアか。

 その選択を、父は私に委ねているのだ。


 私は再びリリアを見た。

 彼女の体は、今やほとんど光となっていた。

 その光は、まるで生命の輝きそのもののようで、美しくも悲しかった。


「リリア……」


 私はつぶやいた。

 そして、決断の時が迫っていることを感じた。

 このまま術式を続けさせるか、それともリリアを救うか。

 その選択が、今、私に課せられている。


 世界の命運を左右する重大な決断。

 それを、たった一人の少女である私が下さなければならない。

 その責任の重さに、私は押しつぶされそうになった。


 しかし、決めなければならない。

 リリアのため、そして世界のために。


 私は深く息を吸い、決意を固めた。

 そして、父に向かって口を開いた。


「お父さん、私は……」

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