第28話 時間との戦い
空に轟音が響いた瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。
振り返ると、最後に残っていた巨大な亀裂が、まるで生き物のように蠢いているのが見えた。
その亀裂から、不気味な光が漏れ出している。
「リリア、あれは……」
私が言葉を発する前に、リリアは既に動き出していた。
彼女の周りを包む光のオーラが、さらに強く、そして不安定に揺らめき始める。
「最後の……ここを閉じれば……」
リリアの声は、かすれていた。
彼女の顔は蒼白で、全身から大粒の汗が滝のように流れ落ちている。
明らかに限界を超えているのに、それでも彼女は諦めようとしない。
「リリア、もうやめて! このままじゃ……」
私の叫び声も空しく、リリアは最後の亀裂に向かって両手を突き出した。
彼女の指先から、まるで稲妻のような光が放たれる。
その光は亀裂に絡みつき、それを閉じようと必死に引っ張っていた。
しかし、その瞬間だった。
「ぎゃあっ!」
リリアの悲鳴が響き渡る。
彼女の体が、突如として宙に浮かび上がったのだ。
「リリア!」
私は慌てて彼女に駆け寄ろうとしたが、リリアの周りに展開された魔力の壁に阻まれてしまう。
その壁を通して、私はリリアの体に起こる異変を、なすすべもなく見つめるしかなかった。
リリアの体が、内側から光っているかのようだった。
その光は、彼女の血管を通って全身を駆け巡っている。
まるで、体中の細胞が一つ一つ燃え上がっているかのようだ。
「うっ……くっ……」
リリアの苦痛に満ちた呻き声が聞こえる。
彼女の髪が、まるで無重力空間にいるかのように宙に舞い上がり、その先端から光の粒子が溢れ出していく。
「やめて、リリア! もう限界よ!」
私は必死に叫んだ。
しかし、リリアの耳には届いていないようだった。
彼女の目は、ただ虚空を見つめたまま。
そして、その瞳の中で、まるで小さな宇宙が生まれているかのような光の渦が巻いていた。
突然、リリアの右腕が不自然に歪み始めた。
「あ……ああっ!」
私は思わず目を背けそうになった。
リリアの腕が、まるでゴムのように伸び縮みを繰り返している。
そして、その表面がキラキラと光り、まるでガラス細工のように透き通っていく。
「リリア! しっかりして!」
私は叫びながら、必死に魔力の壁を突破しようとした。
しかし、その度に強い反発力で跳ね返されてしまう。
リリアの体の異変は、さらに進行していった。
今度は彼女の足が、まるで砂のように崩れ始めたのだ。
その砂は光を帯び、風に舞うように宙を漂っていく。
「いや……いやよ……」
私は震える声で呟いた。
目の前で起きていることが、にわかには信じられなかった。
リリアの体が、文字通り光に変わりつつあるのだ。
「アヤカ……」
かすかな声が聞こえた。
リリアが、薄れゆく意識の中で私を呼んでいる。
「リリア! 聞こえる? しっかりして!」
私は叫んだが、リリアの表情に変化はない。
彼女の目は、まだ虚空を見つめたままだ。
しかし、その唇がかすかに動いているのが見えた。
「ごめんね……でも、これでいいの……」
その言葉に、私の心臓が凍りついた。
リリアは、自分の身に起こっていることを理解しているのだ。
そして、それを受け入れようとしている。
「だめ! そんなの絶対だめよ!」
私は叫びながら、再び魔力の壁に体当たりした。
しかし、壁は一向に崩れる気配がない。
リリアの体の崩壊は、さらに進んでいく。
今や彼女の半身が、光の粒子となって宙を舞っている。
その光景は、美しくも恐ろしかった。
「お願い、リリア……戻って……」
私の声は、もはや掠れた悲鳴のようだった。
目の前で大切な人が消えていくのを、ただ見ているしかできない。
この無力感、この絶望感。
私は膝をつき、そのまま地面に倒れ込みそうになった。
その時だった。
「アヤカ!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、父が全力で駆けてくるのが見えた。
その手には、何やら見覚えのある装置が……。
「あれは……」
私の目に、一筋の希望の光が差し込んだ。
父が持っているのは、私たちが開発していた魔力制御装置だった。これを使えば、もしかしたら……。
「リリア、もう少し頑張って!」
私は立ち上がり、再び魔力の壁に向かって叫んだ。
父が近づいてくる。
彼なら、きっと何かできるはずだ。
しかし、時間との戦いだった。
リリアの体は、刻一刻と光に変わっていく。
彼女の存在そのものが、この世界から消え去ろうとしているのだ。
私は、歯を食いしばった。
絶対に諦めるわけにはいかない。
リリアを救う方法が、必ずあるはずだ。
そう信じて、私は再び魔力の壁に立ち向かった。
リリアを救うため、そして両世界を救うため、私にできることは何なのか。
その答えを必死に探しながら。
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